■■■ 紫野ひかりの日記・2003年 ■■■



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★12月26日「詩」

私をモデルに、芸術的な詩を書いてくださった方がいらっしゃいます。こんなに豊かなイマジネーションが、どこからやってくるのかと不思議です。ふだん自分が使っているのと同じ日本語とは、とても思えません。とってもとってもうれしいです!ありがとうございます!この方はヒンズー教徒の男性なんですが、私は前世でヒンズー教徒だっただろうと思います。ヒンズーの神様にも、ありがとう!ブラフマー、サラスバティ!

「光る舗道」

光る、光る、英知のように大きな器の心は、ひかる、ひかる。
シトリンのように黄金のキラメキを秘め、
イエロ-トパ-ズのように暑い熱をひそかに隠し、
その冷静な優しさを知る者だけが小槌のように胸を踊らす。

孤独な縁(えにし)は、また霧雨の中に浮かび、街を包む。
果たし得なかった愛の夢を語り、
紫に色づくアメジストのような、紫陽花(あじさい)の花々、晴れ上がり、
鳥居の参道に続く舗道、ピアノは流れ、ブル-に輝き、
深く深く、静かに静かに、コ-ヒ-喫茶のような慈愛が生まれ、まろやかに、いとおしむように続く。



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2003.12.21 伊勢神宮内宮の日の出
★12月21日「太陽の道。伊勢神宮内宮、竹神社、斎宮跡、蔵王堂、龍穴神社、室生寺、長谷寺、桧原神社、箸墓、大神神社、萩原天神、大鳥神社、石上神宮」

2日目の朝は日の出の写真を撮るために、早起きしました。伊勢神宮内宮の五十鈴川にかかる橋と、鳥居の真ん中から、冬至の日の出が昇ります。日の出の時刻は7時前でしたが、実際に太陽が昇ってくるまでは太陽が山を越えなくてはならず、その1時間近く後でした。私は前日に使い捨てカイロを買って、ダウンジャケットのポケットに入れていましたが、それでも体が凍えました。私は何でまた、冬至の夕日や朝日を撮るために寒い思いをしてばかりいるんだろう。

朝日が射しはじめると、薄暗かった周囲がすごい光に照らされました。トップページの写真よりも、実際は10倍程の光の強さでした。
「わあ〜、きれい!」
「これはすごいわ・・・」
とたたずむ人々。本当、寒い中を待った甲斐がありました。写真を撮ってから、祈りました。ありがとう、須佐之男さん、市杵島姫さん、天照さん!合わせた手が寒さで震え、じっとしてくれませんでした。

さてこの日は、北緯34度32分の太陽の道に沿って、西へ向かって走ります。まずは明和町斎宮(さいくう)跡にある竹神社へ。ここは昔、斎宮の一部だったようで、現在でも毎年6月に「斎宮まつり」が行われています。ご祭神は、長白羽神(ながしらはのかみ)、天照大神、建速須佐之男命他。まだ体ががちがちと震えていましたが、優しく和やかな祈りになりました。

次に斎宮(さいくう)跡。伊勢神宮の天照大神に仕えた巫女の宮跡です。この巫女は斎王(さいおう、いつきのひめみこ)と呼ばれ、天皇の未婚の皇女か皇族の女性の中から占いで選ばれて、天皇の代わりに神に仕え、世の中からは隔絶されて生活しました。

斎王の森は公園になっていて、石碑などあちこちで祈ってみましたが、建物の柱跡2ヶ所のうち片方(東側)の中央に立つと、とても気持ちよく、体がみるみる暖まって震えが消えました。

それから、美杉村の蔵王堂へ。反応はちょっと固い感じ。何の用じゃという雰囲気で、失礼しました。

室生寺の手前の龍穴神社の雰囲気がとてもよかったので、参拝しました。ご祭神は高寵(たかおかみ)の神。

室生寺(むろうじ)は女人高野とも呼ばれるお寺で、以前見た前世に出てきたので、いつか来てみたいと思っていました。境内へ入ると私の少し前に30才位の黒い服の男性がいて、手水を使っていました。どうやらひとりで来ている様子。その姿を見ると、嫌〜な気がしました。

そこからずっと、彼は私の前にいて、きちんとお参りし、本堂では大きな声で観音経まで読経していましたが、私は彼の存在が妙に気になって、ずっと落ち着けませんでした。彼の読経を待って本堂へ入ると、ご本尊が如意輪観音だったので、ちょっと感激しましたが(如意輪観音は弁才天と同魂)、祈ってみると無反応で厳しい感じでした。

奥の院への階段を上る途中、降りてくる彼とすれちがったのが最後になりました。奥の院には空海さんが祀られていて、何か話しましたが、これまた忘れました。「こら、だめだわ」みたいなことを言ったように思います。前世の映像の中では、嫌な思いをしていましたが、ここのお寺自体も良い印象はなかったらしいです。

長谷寺は超有名なお寺で、同名のお寺が鎌倉などあちこちにありますが、ここが総本山になります。ゆるくて長い階段は回廊になっていて、大変趣があります。ご本尊は11面観音菩薩で、天照大神の仏バージョンです。祈りの感じはイマイチ。ああ・・・厳しいね・・・。

奈良・山之辺の道にある桧原(ひばら、日原)神社は、天照大神が伊勢に居を定めるまで、各地を点々とした元伊勢のひとつです。春分と秋分には、鳥居の真ん中、ニ上山の頂上に日が落ちます。車では、何て行きにくい所でしょうか。途中タクシーとすれ違うのに、タクシーの女性が、本当に苦労してくれました、すみません。祈りそのものは、何ともない感じ。何か、今日はつまんないなあ。

そして箸墓(はしはか)。倭迹迹日百襲姫尊命(やまとととひももそひめのみこと)の御陵ですが、卑弥呼の墓ではとも言われています。卑弥呼の墓ならば、太陽の道にふさわしいのですが、先の姫は太陽信仰を持つ、大神神社の大物主命の妻ですから、それでも充分です。こちらも、祈りの感じは何ともなし。

大神(おおみわ)神社はこれで4〜5回目位でしょうか。なぜかいつも夕方に来てしまいます。夕日が畝傍山(うねびやま)へ沈もうとしていました。

多(おお)神社など、三輪(みわ)山の真西に位置する、奈良盆地の神社から、春分秋分には、三輪山の頂上からの日の出が見られます。また、三輪山頂から少し南西へ、突出台地というものがあり、その頂上から畝傍山山頂に向かって8.5キロほどの線をひくと、冬至の夕日を指し示します。畝傍山に対し、大和三山の残りのふたつ、耳成山(みみなしやま)、香具山(かぐやま)は正確な二等辺三角形を形成しているため、奈良盆地に巨大な、冬至の夕日に向かう矢印が形作られています。

大物主さんは大好き。参道を歩いていると、気持が早って、上り坂を駆け出しました。ああやっと、気持がほどけてくる感じ。祈り始めるとすぐに、両手が動き始めました。ベールがかかるように、ふんわりと神にかかられる感覚までわかりました。でも、目の前に人がいて、ばっちりこっちを見ているので、お願いだから、あんまり派手な動きはやめてくださいね・・・。両手は三角形を形作り、胸に当ててから、その頂点を前方に向けて止まりました。そして、頭の中に鈴のイメージが入ってきます。三角形と鈴?それから、「いつもご苦労様、御魂入れはしておきました」と聞こえました。

お守りを見に行くと、最初に目に入ったのは、三つの鈴のついたお守りでした。これだ。吊るすと、三角形になっています。根付でしたが、長いリボンがついていて、専用の袋もついている、立派なお守りでした。御魂入れをしておいた、とは?普通、神社のお札やお守りは全部祈祷済みでしょうに。何か特別にやってくださったという意味なのかな。

境内の狭井(さい)神社でも、さっさと手が動いていましたが、どんな形だったか、忘れました・・・。駐車場へ戻りながら、ああそうか、三輪だから三角なんだと、鈍い私は気づきました。

次に、堺市日置荘の萩原天神へ。もう暗くなっていましたが、やっと人がいないところで、遠慮なく声を出して祈ることができました。やはり声が出せると、いい気持。祈りながら、ここには太陽祭祀があったけれど、今は鳴りをひそめているというようなことを伝えられました。祈った後、何かありそうな気がして、お社の横へ回ってみました。すると、ありました、陽石(男性器に似た石。太陽を表す)が。その向かい側には末社の神明宮(伊勢神宮の分社)も。ここは初め、天神様ではなく、太陽信仰に関りのある場所だったんですね。

最後に大鳥神社へ。大鳥とは元は鳳(おおとり)。鳳とは、伝説の鳥、鳳凰(ほうおう)のことで、太陽を運ぶ鳥、火の鳥です。鳳凰は、おみこしのてっぺんに乗っていますから、今度確認してみてくださいね。ここは大阪の適当に規模の大きな神社によくある感じで、管理がきついんです。関西は関東に比べると信仰心の篤い人が多く、管理も少し厳しい感じになり、一長一短ですね。それで、落ち着いて祈れませんでした。それでも「ここには太陽祭祀がそのまま生きている」と伝えられました。

予定の参拝は全て終わり、東名阪へ向かって車を走らせ始めると、思い出すのです、石上(いそのかみ)神宮を。寄り道をするほどの時間の余裕は本当はないけれど、天理東インターで降りてしまいました。鳥居の前に車を停め、境内を歩いていると、星空がきれいなのに気づきました。見上げると、オリオン。三ツ星を延ばしていくと、昴(プレアデス)。ああ、天頂にあるんだ・・・。奈良の夜空はきれいでした。

閉じた神門の前で祈るのはもう、4〜5回目です。昼間にも何度も来ています。ここが奈良にあるから、愛知県から関東へ引越すのが辛かったのです。なぜこんなに好きなのか、ご祭神がはっきりしないので、理由もよくわからないんです。

祈りは「ひと、ふた、み、よ・・・」で始めます。この祈り言葉は、ここの神社の祈りだから。するとまた、簡単に両手が動いて、目の前に何かを持ちました。剣を立てて持っています。
えっうそ、草薙の剣はとられちゃったけど、布都御魂(ふつみたま)の剣もらえるの!?
「これは分霊(わけみたま)です」
はいはい、そりゃそうでしょう。これもまた、体に納めるのかな?
「この剣は使い方が違います。呪術のように使うのです、わかりますか」
草薙の剣は現実的なパワーをくれたけど、この剣は何か霊的な使い方をするんだな。あはは、なーんだ、もう剣はなしかと思ったのに、そういうわけじゃなかったんだ。

布都御魂の剣は石上神宮のご祭神で、須佐之男命がヤマタノオロチを退治した時に使った、別名十握剣(とつかのつるぎ)。剣と剣の神威がご祭神です。その時オロチのお腹の中から出てきたのが天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)別名草薙の剣です。

しかし、いったい誰から受け取ったのか、よくわからないんです。静かな男性でした。

これで気分はごきげんになりました。ガソリンスタンドのお兄ちゃんの手がとても冷たかったので、「これあげます」って、ガムを1枚あげちゃいました。でも、危ないぞって、捨てられたかもね。9時過ぎに天理インターに乗り、うちへ帰り着いたのは3時でした。湘南は夜中の3時でも、とても暖かかった!本当に気候の穏やかないいところです。

今回の旅行は前日、当日と睡眠不足だったんですが、大変に元気で、体力充実していました。疲れることも、眠くなることもありませんでした。ひとりだったので、神気を逃すことなくまるごと受けて動くことができたからだと思います。やはり、神様ごとはひとりが最高です。全走行距離は、1150キロでした。

しかし、最後に大きないただきものがあったので、帰ってきてからは波動調整でしんどいです。これを書いているのは26日ですが、ずっとぼんやり眠くて、風邪をひきそうな感じが続いています。「冬至ばか」も、もちろん続いています。



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二見興玉神社・夫婦岩
★12月20日「太陽の道。神島、二見興玉神社、伊勢神宮内宮」

朝は早く起きることができず、9時過ぎの出発になりましたが、お天気があまり良くなかったため、道はすいていました。順調に走って浜松インターを降りたら、雪がちらつき始めました。

浜名バイパスは初めて通行しまして、景色がきれいでした。弁天神社の水上鳥居が見えてる、ああ、砂浜が白い!遠浅で水がきれい!以前は毎月来ていたのに、こんなにいいところだとは知らなかった・・・。

豊橋あたりから本格的に雪でしたが、積もらなかったので危険はありませんでした。

伊良湖からフェリーに乗るのも初めてです。フェリーの待ち時間の間に雪はやみ、晴れてきました。出港は2時過ぎ。今回フェリーにしたのは、航路途中の神島に祈るためでしたが、後から鈴鹿が雪で通行止めだったと知ったので、船にして正解でした。

北緯34度32分、奈良の箸墓(はしはか。卑弥呼の墓かと言われています。ひみこ=日の巫女です)を中心に東西約200キロの線上に、太陽祭祀に関係のある神社仏閣や祭祀跡が点在しています。このラインは、太陽の道と呼ばれていて、東の端は伊勢神宮斎宮跡ですが、さらに東には夫婦岩、神島(かみしま)があります。この線の西の端は淡路島になりますが、今回は堺の大鳥神社までにしました。

東の神島から西へ西へ、太陽祭祀の弥栄(いやさか)を祈り、太陽と共に参拝をして回りました。太陽信仰、それは農耕生活と密着したものでした。冬至、夏至、春秋分点、これらは農耕に必要な節目でした。今では盛んなクリスマスも、元は古代の冬至のお祭りがあったところへ、キリストを太陽神に見たてて生誕の日を決めたのでした。さすがに冬至その日にはしなかったんですね。それを思うと日本の天皇誕生日の方がすごいです。冬至の意味は、太陽が最も弱り、ここから復活していく、太陽の生誕です。

船が動き始めると、こんなアナウンスがありました。「本日は荒天のため、港を出ますと船が揺れます。ご気分の悪くなられた方は・・・」大丈夫かなあと心配しましたが、船の揺れも楽しめたので、体調が良さそうでした。

神島が見えてくる頃には陽が照って、水面がまぶしく光っていました。神島へ向かって祈ります。すると、4〜5人の巫女さんたちが神楽のような舞いを舞っている様子が霊視で見えてきました。良かった、とてもいい雰囲気でした。神島では、ゲーター祭といって、太陽を主役としたお祭りが元旦の朝に行われます。

鳥羽港へ着いたのは3時頃。そこからまっすぐ二見興玉(ふたみおきたま)神社へ向かいました。二見興玉神社は境内に夫婦岩があり、この夫婦岩の向う正面に、夏至の太陽が昇ります。

二見興玉神社は極寒でした!海からの風をまともに受けて、時々は波も参道にかかります。こ、こんなにさぶいとこ、存在するの!?と驚きました。全身ぶるぶるで、参拝もゆっくりできません。金色のでこぼこした形のものが見えてきましたが、形をよく確認できないまま、寒さにこらえきれず参拝を終わりにしてしまいました。

金色のでこぼこだけでは、どのお守りなのか特定がしにくかったのですが、たぶんこの辺だろうと、金色のカエルにしておきました。まっ、相手は猿田彦(さるたひこ)さんだから、多少のことは許してくれますって。猿田彦さんとはなぜか相性抜群ですから。

それから一目散に伊勢神宮内宮へ。伊勢は言わずと知れた、太陽信仰の現在の中心です。雪のちらつく境内は、しっとりとしてきれいでした。先ほどのような風はなく、気温もかなり暖かく感じました。時間が4時を過ぎていたので、早足で歩きます。ご神札授与所が閉まっていたら困るから・・・。今回はお札をいただくつもりできました。夏から始まった天照大神との関係回復のために、必要なお札はやはり伊勢神宮内宮だと思いましたから。

開いていました。まだ参拝はしていないから、本当にいただけるかどうかは分からないけど、閉まらないうちにお札をいただきました。それから、今回のもうひとつの目的である、伊勢のしめ縄が見当たらなかったので尋ねてみました。

「しめ縄はどこにあるものなんですか?笑う門とか、蘇民将来とか書いてある・・・」すると、
その場に並んで座っていた5〜6人の神職の方々が、口々にしゃべりはじめました。
「ジャスコにあるわ」
「えっ、ジャスコですか?」
「うんそう、近鉄にもあるかな」
「神宮にはありませんわ」
「あの伊勢独特のしめ縄やね」
「まだ早いかもしれんな」
「ちゃんとお店の中に入らなあきませんで」(お店の中に入らいでどうする)
「どこから来ましたん」
他、ああですわ、こうですわと、白雪姫の小人たちみたいに何人もで一緒にしゃべるんです。にこにこと、まるで七福神みたいに優しくて、伊勢でこんなに親切にしてもらったのって初めてでした。それでとにかく、しめ縄は、ジャスコ(!)にあるのだとわかりました。

それから内宮で参拝しました。清浄な雰囲気。お賽銭箱を整えたりという作業がされていたんですが、私の前には誰も来られませんでした。お札はいただいていいのかな・・・すると、本殿の向こう側に巨大な、10メートルはありそうなお札がどーんと立っているのが霊視で見えました。あははは、はっきりとわからせていただきました、ありがとうございます。

荒祭宮(あらまつりみや。天照大神の荒魂が祭られていて、神が現われやすい所)で何か話した気がしますが、忘れてしまいました。参拝後、陽が射しました。

境内を戻りながら、先ほどの二見興玉神社のド寒さは、禊(みそぎ。心身を祓い浄めること。神前に出る前には禊をするのが正式)だったのだと気づきました。ありがとう・・・猿田彦さん!

内宮を出てからジャスコへ行くと、確かにありましたが、「笑門」と書いてあるのばかりで、私が欲しかった「蘇民将来(そみんしょうらい)子孫の家」というのはありませんでした。どうもまだこれから出てくるらしく、時期が早すぎたようで仕方がありませんから、今回は「笑門」のしめ縄を買い求めました。最近、笑わせてくれる人と友だちになり、自分が普段あまり笑っていなかったことに気づきましたし。

蘇民将来・・・それは須佐之男命にまつわるお話です。須佐之男命が旅の途中に、ある村で一夜の宿を乞いました。その家は豊かな家でしたが断りました。その兄の蘇民将来は貧しかったのですが、命(みこと)をあたたかくもてなしました。すると須佐之男命は喜んで「我は須佐之男命である。これからは蘇民将来の子孫と言えば、疫病が通り過ぎていくだろう」と言いました。蘇民将来の弟の名はコタンだそうで、アイヌの伝説なんですね。これとよく似たお話がユダヤにもあり、そちらが起源なのでしょうか。

ホテルにチェックインしたのは8時半ごろでした。ホテルに浴場があることがわかると、さかんに入れ入れと守護の方達のおすすめがくるので、入りに行きました。浴場は屋上にあり、露天風呂もあったので入りました。うーん、聴こえてくるのが車の音じゃなくて、波や川の音だったらもっといいけど、結構気分が良かったです。おもてなし、ありがとうございます。今回の伊勢は、いい感じ!



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★12月11日「冬至」

11月30日に剣を奉納してから4〜5日間、しばらく波動調整がありました。微熱がありそうな感じで、これから風邪をひくかもしれないような感覚、一日中だるくてぼんやりして眠い・・・。霊的な大きな変化があると、体が追いつこうとしてこうなります。それもようやく終わったと思ったのに、まだ頭の具合だけは変。

本を読みたいのに、視線が同じところをいったりきたり。何度読んでも、内容が頭に入らない。文字が大きくなったり小さくなったり、ふにゃふにゃとぼやけたり、本に拒否されているみたい。嫌な感じはないのですが。お仕事でも事務処理の失敗が増えてきました。ごめんなさい。

どうも、脳波がずっとアルファ波になっていて、現実生活がうまくできないみたいです。

もうすぐ冬至ですが、今年の冬至は、地球の次元上昇(アセンション)の第一波が来るとの情報があります。これのせいかもしれない。

これに合わせて、剣も奉納させられたのかもしれません。剣は男性的なエネルギーで、私の現実生活に必要だから、数年前、須佐之男命が鎌倉の八雲神社で体に納めてくれたのですが、次元上昇のために自分の波動を変えていくためには邪魔になったので、抜かれてしまったのではないかと思います。

もしかして、須佐之男命が私のメインに戻ってきてくれたことも、この準備だったのかも。

今、体や精神の変調を感じている人は、冬至のアセンションへ向けて準備している可能性があります。冬至には、ご自分なりにどこか気になる神社仏閣などへ出かけられてはいかがかと思います。

太陽が死んで生まれ変わる、次の日が天皇誕生日であることもまた、素晴らしいことだと思います。

今年の冬至は12月22日16時4分。こちらのサイトをご参考にどうぞ。
http://www.diviner.jp/Ascension/Touji/index.html




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★12月9日「鶴岡八幡宮、円応寺、長寿寺」

午前中に鶴岡八幡宮へ参拝しました。改修工事が終わっていて、久しぶりに本殿で祈ることができました。

「よく来たな」と白い衣装の神様が迎えてくれました。若宮でなくてもちゃんと須佐之男さんが迎えてくれて、ほっとしました。今日は、この確認のためだけの参拝になりました。

いつものことですが、今年も一年ありがとうございましたなどという言葉は、神様にとってはどうでもいいことのようです。

今日は、閻魔大王の姿絵を納めて新しくいただくことに決めていたので、円応寺へも行きました。「お早いですね、一番ですよ」と言われて、うれしくなりました。

祈っているとやっぱりまた泣けてくるんですね、ここは。閻魔大王はとにかく暖かく、感情豊かで情け深い方です。これほど人を愛し慈しむ仏様が他にいるだろうかと思います。「そのお経はそこまでにして、後は尊氏へ」と伝わってきました。

「ありがとう、そうします。閻魔様、尊氏をもっと解放して欲しいんです」と、ちょっと困らせてしまいました。

円応寺から、予定外でしたが、足利尊氏のお墓のある長寿寺まで歩き、山門の前で祈りました。ここはここから中に入ることはできません。読経しながらご本尊へ話します。

「尊氏を解放してもらいたいんです、ここを開けてもらいたいんです。鎌倉で、頼朝に比べて尊氏は・・・京都の等持院に比べて鎌倉は・・・これが鎌倉の尊氏への思いの結果なのだとわかりますが、なぜ私が中に入れないんですか。私がもっともっと祈ったら、尊氏を鎌倉でも働かせてくれるんですか、尊氏は働きたくないんですか」

そう訴えながらも、ご本尊の前に何度も何度もひれ伏して祈る、自分の姿が霊視で見えてきました。ああ、私はご本尊に不満など全然持っていない、ただありがたいとしか思っていないと、その姿を見てわかりました。切ないです。涙が、いくらでも流れました。

ご本尊は、私の頭を何度もなでてくれました。




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★12月8日「秋」

これまで秋は、私には人生上の節目になることが多くありました。西洋占星術でリリトがてんびん座なので、そのせいなのかなあ。上昇宮がてんびん座ですから、リリトは第一ハウスにあるのかな、よく確かめていませんが、こんなに影響を受けるのはそれでかもしれません。カルマという意味だと、12ハウスでも同じかな。

高校時代、1週間の家出をしたのは秋。
高校卒業後、東京の音楽学校へ入学したのは、春ではなくて秋。
その秋のうちに最初の夫と出会い、13年後に離婚したのも秋。
2度目の夫と再会したのも秋で、終わりにしたのがこの秋。

姓名判断の相性占いを見つけて試してみたら、二人の元ダンナ達、二人共相性最悪でした。相性のいい人なんて、本当にいるの?私はとにかく、意識的に希望しているわけではありませんが、根っからの波乱好きのため、相性のいい人など選ばないのかもしれません。ただその時必要なものを持っている人には、それこそTUNAMIのように魅かれてしまい、用事がなくなったら離れていくんです。



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★11月30日「草薙の剣」

夜、郵便物をポストに出しに行ったら、急に来宮神社に参拝したくなり、そのまま行ってきました。往復と参拝で2時間ちょうど。何をしに行くのかわからないまま、るんるんで出かけました。

拝殿前、久しぶりにきちんと祈りたくなって、祝詞を唱え始めるとすぐに、これも久しぶりで両手が動き始め、手を合わせたまま前へ差し出しました。手には霊的な剣を持っています。その剣を目の前に置きました。剣を奉納しているようです。

待てよ、奉納するような剣って・・・それは、6〜7年前、愛知県の氷上姉子(ひかみあねこ)神社で宮簀媛命(みやすひめのみこと)から手渡された、草薙の剣(の、たぶん分霊)じゃないの?これは、私が今まで神社でいろいろともらい物をした中でも、最高の宝物なのに!「どうしてですか」と聞いても、答えてもらえません。有無を言わせぬ強引さ。

今日、昼間に読んだ本の中に剣が出てきたので、それが影響しているかもしれないけど、昨日の夜の須佐之男命の言葉が思い出されました。
「そなたは我が強いので、神を拒む。それで同体になれぬ」
そのため剣を奉納させて、私の我を抜こうとしているのでは・・・。

もうどうしようもないことがはっきりとわかるので、「確かに納めました」と言って、祈りを終えました。

ああ、何のために熱海まで来たのか。宝物を取られるために。行きはヨイヨイ帰りは・・・ほとんど放心状態でした。




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★11月22日「岡本太郎美術館」

川崎市の、岡本太郎美術館に二男と二人で行きました。岡本太郎さんは、生前テレビで時々拝見していましたが、いい方だなあ、芸術家だ〜、言葉のひとつひとつがすごくいいなあと思っていました。

作品は、未分化で無意識的な感じが強いものには抵抗を感じましたが、そういった感じを抜けて昇華されているものは、大変素晴らしいと思いました。筆づかいで表現をするところには、日本的なものを感じました。書も技術的にも上手で、感心しました。

私が一番気に入ったのは鐘で、角(ツノ)がいっぱいついていて、その角をたたくといろんな音程で「ゴ〜〜ン」と鳴って、楽器みたいになるんですね〜。お寺の鐘がこれだったら、めちゃ楽しいなあ。とにかく私は倍音好きなので、鐘とか、チェンバロとか倍音がいっぱい聴こえてくると、もう耳が気持ちよすぎて、ぷよんぷよんになりそうです。あの鐘は実際にたたくわけにはいかず、ビデオの中だけで聴きました。

館内は遊び心たっぷりに作ってあり、子供でも迷路気分で楽しめます。そのことをFMラジオで聴いたこともあり、来てみたのでした。

太郎さんの言葉で、このようなものがありました。
「母かの子は、自分が子供のころ、一人遊びに飽きて泣いたりせがんだりしても、自分を柱などに結わえつけて、一心に机に向かい、作品をしたためていた。少しの気の迷いもなく。その姿を、自分は熱烈に愛した」

うう、何という創造的な母子でしょうか。うっとり、とろん。太郎さんの父、かの子さんの夫である一平さんは、かの子さんを聖観音と見て崇拝?していたとも書かれていて、親子3人共素晴らしいです。創造力の源泉であるかの子さん、創造力の顕現である太郎さん、二人を守る一平さん。理想だわ・・・。



ぎゃ〜〜〜〜っ!!!
ザビヌルが先月来日してた!横浜で4日間、東京で1日ライブやってたって!6年半ぶりの来日だったって!
うわあ〜〜〜涙〜!うわあ〜〜〜ん!何でなの、何でなの〜!?信じられない、信じられなーい!何で私の知らない間に?ひどすぎる・・・涙。かっ悲しい・・・。私が今世界で一番好きな人!もう71歳だけど、再来日して〜するんだするんだ!七夕生まれのザビヌルやーい。ショックで眠れないかも・・・。そうだ、あんまりいいライブじゃなかったんだ、だからだ、ホントかな、うっ・・・つらい。あ゛〜〜マイルスは生で聴けたのに〜、ザビヌルはだめ・・・と決まったわけじゃないけど。
横浜、満席じゃなかったらしい。その席・・・私のだったんだよ〜。

下の2枚、おすすめです・・・ぽろり(涙)。もーだめ。
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★11月15日「マヤから来た翡翠」

石の仕入れに行く途中、人生でやっと2度目になる、完全な虹が正面に出ていました。ああ、何のお祝いだろう、私?でも心当たりがないから、誰か他の人のお祝いかな・・・。そう言えば七五三だということに気がついたので、それだったのかなあと思っていました。(たぶん、本当にそれもあると思います)

いつものように色々な石を買い、清算を待っていると何とも自然な色合いのきれいなグリーンと薄紫の石が目に入りました。「これは何ですか」「翡翠ですよ、マヤから来た」「マヤ!?私最近、マヤンカレンダーを使い始めたんですよ、何ていいタイミング!」

「この翡翠の鉱山を持っている人はね、売る気はないんですよ。マヤ文明のことを広めてくれる人にだけ、分けてくれるって言うんです。マヤの遺跡で発掘された翡翠と同じ形のものだけ作ってます。」そんな人の鉱山から来る翡翠なら、大歓迎じゃありませんか、きっとその人も、私のような人間のところに石がたどりつくことを、喜んでくれるに違いありません。

まだ見本程度に少ししかありませんでしたが、その中からいくつか選んで買ってきました。今回はビーズをほんの数粒だけですが、これからペンダントトップなども入荷するそうです。

特に今回私が気に入った2種類の翡翠のうち、薄紫の翡翠は、ごく最近になって初めて発見された翡翠だそうで、もうひとつのグリーンの翡翠はインペリアル(帝国)と呼ばれて大変高価で貴重なものです。

ああ、うれしいなあ!マヤ暦は、次元上昇を知らせる暦。私が伝えている祈りは、次元上昇の準備の祈り。あの虹は、この出会いのお祝いだったんだなあ!



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★11月13日「北海道と沖縄」

このごろ急に、北海道と沖縄が、日本を守護しているんだなあと、しみじみ思います。

アイヌとうちなんちゅー(だったっけ?)の心が、守ってくれている。だのに、アイヌと沖縄に、本土の人たちは、何をしてきたのだろう。あんなこと、そんなことがあったのに、間違いない、守ってくれていると感じるんです。

北海道と沖縄は、日本列島というドラゴンの頭と尾です。



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★11月1日「江ノ島神社」

二男と二人で、江ノ島神社へ行きました。二男は江ノ島の島内に住みたいと言います。神様のことはよくわからないようですが、わからなくてもご守護をいただいているんだろうなと思います。家族ぐるみで良くしていただいています。

江ノ島へかかる橋を渡っていると、気持がすっきりしてきました。ありがとう。

二男は私よりも島内に詳しくて、裏道を通ります。すると、小さな魚屋さんがいっぱいあって、表通りのお店の半値位で売られていました。

辺津宮で祈っていると、3人の華やかな衣装の巫女さんが、貝の形をした鈴を鳴らして歓迎してくれました。3人・・・あれ、巫女さんじゃなくて、3女神さんかな、多分そうだ。思わず表情がゆるんでしまいます。すると、すぐ前でドン、ドン、ドン、ドン、と太鼓がたたかれました。誰もいないんだけど・・・。誰もいないのに叩く太鼓ってどういう意味なんでしょ。それも歓迎してくれているのかなと、祈りを終えるのを少しためらいましたが、終了態勢に入っていたので、終わりにしました。

お守りなどをながめてみたら、ありました・・・貝の形の鈴。江ノ島神社で今更お守りをいただく必要などないと思いましたが、さっき見せていただいたばかりなので、買い求めました。また増えた・・・また根付。しかも3つ、いただいちゃった。

竜宮社で祈っていると、50〜70センチくらいの龍がタテに2〜3体でからみあいながら踊って(?)いるのが見えました。動きが速くて、踊っているのかどうか、よくわかりませんが、色は黄色か金色のようでした。

これは何だろう・・・龍は3体で、3女神と関係があるのかな・・・いつもとは雰囲気が違っていて、何も話してはいただけませんでした。



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★10月28日「芸術的感覚について、弁才天との会話」

「肉体的機能や記憶力なども、年齢と共に衰えるのに、芸術的な感覚は衰えるどころか、どんどん洗練されていきます。音楽を聴く耳も良くなっていくばかりです。これはどうしてなんですか」
弁才天が笑って「どうしてだと思いますか」

「えっ、ええっと・・・あ、芸術がもともと、三次元のものじゃないんですね!だから三次元的に衰えることがないんですね。ああ、そうかあ!プレアデス人が、ゴッホとバッハは五次元の芸術家だと言ってました。私はこの二人の人間臭さが不満なので、私が求めているのは六次元以上のもの?音楽が異次元のものだったなんて、だったら、三次元のつもりでいて、実は異次元のものが、他にもあるのかな」
「ほほほ・・・」

「あ、違うんだ、心だ。感動が次元を超えるんだ。同じものを感じても、それをどう感じるかで、心が次元を超えていくんだ。参拝で涙が流れる時、三次元にいるのじゃない、どこか高次元に存在してるんだ」




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★10月23日「この世のいしずえとして、須佐之男命との会話」

夜、自宅であの白い衣装をイメージで身につけ、またさらに新しい方法で祈りを進めていたところ、須佐之男命の波動がとても強く感じられ、神社で祈っている時のように、涙が流れてきました。

「白い念誦は、なぜ必要なんですか」
「そなたの思考を真っ白に保つため」

私はこのような会話の内容を、書き留めておかなければ覚えていられないので、言葉の端々まで忠実にメモをしていました。
「メモっておかないと、忘れます」
「異次元の意識であるからの」

「私のアセンション(次元上昇)の準備は、10年前にもう整っていたと思います。それなのになぜ、こんなに長く放っておかれたんですか」
「そなたには、経験が不足していたのだ。この世をもっと知らねばならなかった」

「私は今生、いったい何をしているんですか」
「いしずえとなれ。そなたは異次元の存在としてではなく、直接この世で、この世のいしずえとなるために、この世に生まれた」
「私が上昇することで、皆の役に立つんですか」
「それはよく知ったであろう(最近ひんぱんに起きているシンクロが、周囲の人への影響力として役に立つということ)」




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★10月19日「マルタ・アルゲリッチin鎌倉」

マルタ・アルゲリッチ(ピアノ)とネルソン・フレイレ(ピアノ)のピアノデュオ・コンサートを聴いてきました。鎌倉は、こんな世界的大物を呼ぶこともできるのかと感心しました。

座席は前から7列目、ちょうど彼女の手元がよく見えて、いい席でした。マルタは、大らかなアルゼンチンのお母さん風で、あの場にいた誰よりも、必死に聴いている観客よりも終始リラックスしていました。

演奏も、彼女の自宅に招かれて聴いているような、ありのままの彼女という感じでしたが、テクニックはすさまじかったです。もう1台のピアノのネルソンが、まるで手習いの生徒か子供のように感じました。

彼が忠実に楽譜を再現するピアニストなら、彼女はひとつの音を何次元にも弾きわけるかのようなデリケートさでした。彼女のたった一つの音の中に、いくつもの段階や表現が歌っていました。表現力が人の形をして生きている、というような印象を持ちました。そのことが、彼女にとっては何の不思議でもなく、当たり前の日常としてころがっている風でした。

曲目はブラームス、ラフマニノフ、ルトスワフスキ、シューベルト、ラヴェルで、アンコールが4〜5回。

ものすごい表現力だったにも関わらず、大感動がないのは、彼女があまりにもさりげなさそうで、精力的な感じではなかったからかも。でも、理性的に考えると、ぞっとするような演奏でした。

私は本当、芸術が大好き。その理由のひとつは、この世で体験できる他のいろいろな場面よりも、私の魂のふるさとに似ているからだと気づきました。私には、この物質界に生まれる前(というよりも異次元にいる自分)の記憶があります。そのことに最近気づいたら、あれもこれも記憶だったと、いっぱい出てきました。

素晴らしい芸術に触れているときの感覚、それが私が肉体を持つ前の日常と似ているんです。だからうれしくて、魂が震えます。このことに、今回マルタのピアノを聴きはじめて、気づきました。




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★10月8日「いいろな神社仏閣」

午前中に、近場の神社仏閣を参拝して回りました。
ある不動堂で祈っていると、たくさんの霊が目の前に並び、それはにこにこして、喜んでお経を聴いてくれていました。そうか、お経が好きなんだなあと思っていると、コホコホ、咳き込みました。私が咳をすると、皆驚いていますが、私はこの場所にカルマがありそうでした。私にはカルマがあるのに、皆は無邪気な表情です。

最後に祈りの言葉を言うと、一部の霊が私に飛びかかってきました。なるほど・・・霊にとっても、人に憑くという行為は、してはいけないことなんですね。でも、こちらからカルマについて祈ると、堂々と憑いても良くなるわけですね。そして、憑いてきた霊には、カルマがあるに違いありません。霊には、こちらのカルマについては、丸わかりのようです。ここの参拝で、すっかり疲れたのは言うまでもありません。

あるお寺で祈り始めると、とても優しく見守ってくれる感じがして、ここは浄土系か、禅宗だなと思いました。女性達が忙しく立ち働いているのが霊的に見えてきました。ここのお寺でも、霊的存在が修行をしているのか、それとも普段のここのお寺の現実が霊的に残ったものを感じているのか・・・よくわかりませんでした。
お寺から出て行く時、曹洞宗(禅宗の一派)と書いてありました。

豊受神社という神社で祈り始めると、まず男性が見えてきました。ご眷属のようです。しばらく祈っていると、奥に豊受姫さんの存在を感じました。私が豊受姫さんに毎日祈っていることがわかると伝えられ、和やかでした。

あるお寺では、紺の作務衣を着た修行僧のような霊が、私を出迎えてくれました。彼はじっとそこにいて、祈りが終わるまで聴いていました。

相模の国の一宮は寒川神社ですが、周辺地域にもところどころに寒川神社が勧請されています。そんな地域の小さな寒川神社で参拝していると、ご祭神の姿が見えてきました。チャイナドレスのような服装で、日本人ではなくて大陸か朝鮮半島の人だと思いました。大陸方面から日本へ渡り、相模へ移動してきたんでしょう。そして、この地を開拓していったんですね。その人たちが、寒川彦命、寒川姫命と呼ばれたんですね。
そうなのか〜、それで今まで寒川神社にはちょっと何か遠い感覚があったんだなと思いました。

あるお寺では、積極的に看板を出して祈祷の依頼を受けているようで、他のお寺とは何か雰囲気が違っていました。境内の空気は粘っこく、現世利益っぽいにおいがします。
祈っていると、苦しそうな形相の霊が、何人も私の前に出てきました。お経が欲しいのだそうですが、お経なら、今ここにいる何人ものお坊さんが読んでくれてるんじゃないの?それなのに、彼らは私のお経を聴きたがります。

祈りの最後に、ご本尊に、「この人たちを西方浄土へお導き下さい、その心を癒してください」と祈ると、彼らはとても喜んでいました。でも何かおかしい。
祈りが終わる頃、30歳代位の男女(夫婦みたい)が、お堂に入っていきました。これから祈祷してもらうんでしょうか。

ある神社では、天女のような感じの存在が、何10柱も次々とやってきて、嬉々として祈りを聴いてくれました。あなたたちは誰なのと聴いても、私の質問には答えてくれませんでした。

何やら、祈っている時に、今までとは違うものが見えるようになってきたようです。周囲の状況が、かなりリアルにわかります。お寺では霊がいて、修行をしていることもあるようですが、神社には基本的に、人の霊はいないようです。




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★10月3日「お釈迦様」

市内の神社仏閣を回りました。その中で印象に残ったお寺がありました。参拝するのは2度目で、お寺の名前も場所も覚えていませんでしたが、境内のさわやかさだけ、記憶にありました。

今回も入り口を入ると、浄化された神社のような清々しさがありました。日蓮さんの像が立っているので、日蓮宗ということはすぐにわかります。

祈るのも気持ちよくて仕方がありません。霊視してみると、ご本尊は肌の色が茶色、半裸姿で白い布をまとった細身の男性で、首をかしげて穏やかな表情でほお杖をついて、じいっと私の祈りを聴いてくれています。ん・・・?このご本尊、誰なんだろう・・・。日蓮さんではなさそうでした。日蓮さんはこんなひょろひょろではありません。

周囲には、妖精か精霊のような存在がたくさんいて、楽しそうに暮らしているようでした。人間の霊もいて、自分のすべきことに精を出し、充実感を感じながら修行しているようでした。現実には誰もいませんが、いろいろな霊的生命が、生き生きと存在していて、森の中のような雰囲気でした。ここのお寺の住職さんが、ていねいに管理されていることが、よくわかります。

「こんな場所が、なぜいろいろなところにないんでしょうか」
「この世のことは、人間の手を借りなければ、神仏でも何ともできないのだよ。雷や雨を降らすことは出来るが、毎日継続して何かをし続けたり作り続けたりというのは、人間の力を借りなければならぬのだよ。この世では人間が主(あるじ)であるから、人間が中心になってくれぬと、神仏だけでは何もできぬのだよ」
静かに、優しく話してくれました。誰なのこれは、こんなに簡単に話ができるなんて。


参拝後、住職さんのお宅のベルを鳴らし、ご本尊を尋ねてみると、お釈迦様でした。(日蓮宗の本尊は、お釈迦様と決まっているらしい)お釈迦様・・・あれがそうなのか・・・理知的なようで、暖かでした。弥勒菩薩さんと似ていました。あれが・・・初めて体験しました。



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★10月2日「鶴岡八幡宮」

先日いただいた鶴岡八幡宮のお札は、しっくりと我が家になじみ、全く抵抗なく祈ることができ、やはり当然ここにあるべきものだったように感じます。

今日は朝から、鶴岡八幡宮にいかねばと思い立ち、参拝してきました。祈りながら、どういう気持ちでいればいいのかわからず、
「今日、私はどうしてここへ来たんですか」
とたずねると、須佐之男命がにこにこして前にいるのがわかりました。

思いついて、ちょうど首から下げていたエレスチャルクォーツのロングネックレスに、祈祷をしてもらおうかと思いました。水晶にはいつも、国常立命に祈祷をお願いしていますが、須佐之男さんに重ねてやってもらってもいいやと思いました。ところが、OKしてもらえませんでした。


そして、白い衣装を手渡してくれました。それは神社の神職の男性が来ているような衣装で、下は袴でした。手に持つ数珠もありました。数珠だ・・・仏教式なの?ネックレスにしていいかな・・・ネックレスになーれ、首につけようとしましたが、やはりそれは数珠で、手に持つしかありませんでした。石はホワイトオニキスです。ホワイトオニキスか〜。

衣装の方を着てみることにしましたが、きちんとは着ず、軽くはおりました。この衣装は、須佐之男命とコミュニケーションをとる時に着るものなのかなと思いました。
「これ、現実に用意した方がいいのかな」
「用意はしなくてよい」
今、私が自宅で神仏との会話をする時には、自分で考えた方法で準備しているんですが、その簡単な準備も、この衣装を着ることをイメージするだけで、しないですむようになりそうでした。
「これは、コミュニケーションの時だけ着るのかな」
「一日中着ていてもいいぞ」
「一日中・・・寝る時もですか・・・休む時ぐらいは、緊張を解きたいと思うんですけど、でも、結局はこういうことは寝ても醒めてもになるのが当たり前ですしね・・・」
まあ、それは後から考えることにしました。

「須佐之男さん、私はいったい須佐之男さんとはどういう関係なんですか」
「そなた、まだわからぬのか」
「わかりません。須佐之男さんの分霊かと思いましたが、そのことを誰も承認してくれたわけではありません。以前は須佐之男さんの娘の須勢理姫命なのかと思いましたが、これもよくわかりません。須佐之男さんだけが、私には特別交流しやすいのは、何かご縁があるからだと思いますが、わかりません。守護神なのは確かだと思います。こういういろんな言葉を横に置いて考えれば、とにかく、なぜか心がすぐにひとつになってしまうということだけ、わかります」
「まだわからぬのか、源氏の娘」
「源氏の誰なんですか」
「源氏の者は皆、八幡宮が魂を管理している」
なるほどそうなのか、では石清水は・・・?ふと気づくと、先ほどの白い衣装を脱いでしまっている自分に気づきました。脱いでる・・・。これは・・・イメージとはいえ、というよりもイメージだからこそ、この衣装をきちんと着ていることは、結構難しいんだなと思いました。

「そなたは今日、赤子で生まれたのである」
「須佐之男さんが親です」
須佐之男命は、もっといろいろと話してくれたんですが、やっぱりいつものように忘れてしまいました・・・。

この参拝で、私は涙がにじみましたが、泣きませんでした。参拝が終わって、境内を歩いている時や帰りの車の中で、何度も涙がこぼれました。須佐之男さんが帰ってきてくれた・・・!10年ぶりに帰ってきてくれた・・・!その場所が鶴岡八幡宮だなんて、本当に物事は何がどうなるのかわからないものです。

白旗神社では、頼朝が、またまたお気楽そうなごきげんさんでした。




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★9月27日「市内の神社あちこち」

お昼から、市内の神社仏閣に出かけ、10ヶ所、参拝してきました。藤沢市の北半分には、源義朝(みなもとのよしとも。頼朝と義経の父)を祀った神社が何ヶ所もあるということがわかったので、楽しくなりました。

今日も1ヶ所、ご祭神が源義朝でした。お祭りの前日のようで、のぼりが立てられ、どなたかまんが家の方が書かれたちょうちんがたくさん吊り下げられ、「御祭礼」のちょうちんが、拝殿につけられていました。周辺の人々に愛されている・・・うれしいです。建物はとても新しく、改築されて間がなさそうでした。

祈っていると、家族のような暖かい雰囲気になってきます。今日は、誰もいない田舎の小さな神社とお寺ばかりなので、ずっと大声で気持ちよく参拝してきましたが、ここはまた格別。人がご祭神の場合、その人の守護神が神社の実質の働きをするものだと思いますが、出てこられたのはやっぱり、義朝でした。

頼朝よりも、義経よりも、義家よりも、どの源氏の武将よりも、大好きなのは何でなの。これが、今の私の最大の謎です。自分だからなのかなあ、でも、自分自身相手だと、もっと無関心かもしれないし。何だか切ないです。

義朝の守護神が、須佐之男命なのかも。これは可能性が大きいと思います。義朝相手だと、須佐之男さん相手の時と、そっくりな感覚がします。

何度通っても関係が良くならない、市内の神社があります。今日、義朝の神社で祈りながら、そこは義朝が攻め込んだ場所だということを思い出しました。なるほどね。もっと綿密に準備が必要だったわけでした。またひとつ、やるべきことができました。



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★9月23日「腹切りやぐら」

鎌倉の腹切りやぐらに、お彼岸のお参りをしました。北条一族滅亡の場所です。九字を切って入っていくと、露骨に嫌がられました。ここを棲みかにしている無縁霊たちがいるようです。いろいろな方法で浄めたり、自己紹介したり、供養の説明をしたりするうち、良い雰囲気になりました。

読経しようとすると、こみ上げてきてお経が読めなくなりそうでしたが、我慢して始めました。そこへ観光案内の人がついた、数人の人がやってきました。私は供養しているすぐ横までやってきて、大騒ぎする観光客が嫌いです。けれど、その案内の人はある程度の距離をとり、デリカシーのある声で話していましたので、安心しました。案内の人がこう言っていました。
「ここにはサンスクリット語が書いてありますが、その意味は、生き残った人たちはがんばるように」

案内されている人たちは笑いました。でもその言葉は、私には大切なメッセージでした。今死んで行く者の、北条一門の生き残りへの期待、敵への想い、味方への想い、北条家再興への想い・・・。正直な気持をこうした形で、伝えてくれたように思えました。

お経が気持ちよかったので、かなり長く読んでいました。
けれど、帰ってくるとさすがに疲れていました。10年前はこういう供養をすると、3〜4時間は眠らずにいられなかったものでしたが、今はそれほどではなくなりました。




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★9月20日「富士山本宮浅間大社、福知(ふくち)神社、前鳥(さきとり)神社」

富士宮の富士山本宮浅間大社に参拝しました。ご祭神は木花咲耶姫命。ここの境内にいる時か到着直前ぐらいに、関東では地震があったようです。留守番の夫と子供は、かなり怖かったと言っていました。

参拝は、いつもよりもとても優しい感じでした。ピンク色の丸くて平べったいものが見えました。おもち?(この発想は関西人!)紅白じゃなくて、ピンク色1つだけ。何だろう?お守りをいただいたのじゃないと思いました。雰囲気が以前よりもさらに良くなったのは、三島大社との関係が良くなったことや、鶴岡八幡宮のお札をいただいたりしたことと関係があるのかも。ここも頼朝が篤く崇敬した神社ですから。

次に、近くの福知神社へ。ご祭神は大山祇命(おおやまづみのみこと。木花咲耶姫命の父)で、富士山本宮浅間大社が祀られる前にあの土地にいらした地主神が、現在地に移されて祀られています。富士山そのものを祀っているとも言われるようです。

雨の中の参拝では、周りを気にせずにかなり大きな声で祈ることができます。すると・・・子猫の鳴き声が・・・。気持がぐらぐらしましたが、とりあえずは最後まで祈りました。透明な丸い玉をいただき、先ほどの丸くて平らなピンク色の何かは、この玉の座布団だったことがわかりました。この玉、どうしたらいいのかな・・・。

どこにでもあるような地域の鎮守の神社風の外見に似合わず、とてもさわやかな印象を受けました。彼岸花が境内に満開でした。

雨の中、神社の屋根の下でしばらく、白い子猫と遊んでいました。人なつこくてよじ登ってきます。ああ、お前もこんなに愛を求めてる、人と同じだね。何で皆こんなに愛されたいんだろう、きっとそれが当たり前のことだから、生まれてくるまでずっと大きな愛情に包まれていたから、そうじゃないかなあ。それなのにこの世に生まれてきたら母親にはぐれて、愛情がなくなって、信じられなくてショックを受けてるよね・・・。

この子に食べ物をあげても、だめだろう。でも、私が3日分生かしてあげたら、もしかしたら3日目に運命の誰かがこの子を見つけてくれるかもしれない。それにどうせ死ぬとかじゃない、この子は今苦しいんだから、今のことしか考える必要はない。

近くのスーパーでキャットフードを買って戻り、開けてあげると、吠え声をあげながら食べていました。良かった・・・。

うちの近くまで帰ってきていて、ふと、いつか参拝をと思いながらずっと通り過ぎてきた前鳥(さきとり)神社に寄りました。相模の国四の宮で、ご祭神は菟道稚郎子(うじのわきいらつこのみこと。応神天皇の子、仁徳天皇の弟)、大山咋命(おおやまくいのみこと)、日本武尊。

ここには日本武尊が祀られているだろうと思っていました。日本武尊は、白鳥と結びついて信仰されるので。だから安心して、急いで参拝しなかったのでした。

夕方5時半、雨でもう暗かったのですが、拝殿には明かりが灯され、扉もまだ開いていました。暗いのでよく見えませんが、きれいな内装で、丁寧にお祀りされています。うーん気持いいなあと思いながら参拝していると、さらに明かりが灯され、はっと驚くと同時に涙が流れてきました。

私が参拝しに来たことを、ご祭神が子供のように喜んでくれているのがわかります。だからいつも何だか、ちょっといじめたくなってしまうんだよね、この人単純すぎ、子供っぽすぎるの!でも涙が止まらない。世間でソウルメイトを探したりしてるけど、私にとってはあなたがそうなんだろうね。

いつかも、ご祭神を知らずに参拝した神社で手のひらから出てくるエネルギーが強すぎて痛くて手が合わせられなくなり、ご祭神は誰かと尋ねてみたら日本武尊だったっけ。

日本武尊に会いにいくには、熱海の来宮神社までいかなくちゃと思っていましたが、すぐ近くに立派な所がありました。これから、たまに参拝しにくることになると思います。



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★9月19日「地震」

地震は16日に茨城で起こり、小さい地震にエネルギーが分かれたようです。良かったですね。これからも日ごろの備えは大切だと思います。

※ その後、千葉県、山梨県でも引き続き小規模な地震が続いているようです。地震予知ができたということに、大きな意味がありますね。



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★9月14日「鶴岡八幡宮」

頼朝が信仰した3ヶ所の神社に参拝した後だからでしょうが、久しぶりに鶴岡八幡宮に参拝したくなりました。土日に鎌倉はできれば避けたいんですが、行きたいんだから仕様がない。

抜け道を通ったら、意外とスイスイで八幡宮までやってきました。ところが・・・神社の駐車場が満車で入れず、Uターン不可能な渋滞だったので3〜4キロ迂回しました。抜け道が空いていたのは、抜け道を知らない観光客で他の道が大渋滞していたからでした。

またしても抜け道で八幡宮までスルスルとやってくると、今度は別の場所に路上駐車しました。鎌倉では路上駐車する場所もなかなか見つかりませんが、そこは地元民。

鶴岡八幡宮は現在、本殿が改修工事中です。「神霊は若宮へお祀りしてあります」と書いてありました。私は若宮では最初から家族のような迎えられ方をしてきましたが、本殿では長い間冷たい反応でした。ですから、一緒になっていると反応の違いがわかりにくくて困るなと思いましたが、仕方がありません。

祈っていると、だんだんと集中してきて人の多さも忘れ、かなり夢中になっていました。そして、お札とわかるものが見えました。お札!何で?欲しくないよ。
「そなた、自分の魂はどこにあると思っているのか。3ヶ所の神社は頼朝の過去の守護をした、今の守護は鶴岡八幡宮である」頼朝〜?今〜?そりゃ、頼朝のご縁をたどって参拝はしたけど、だから何なの!
「鶴岡八幡宮に私の魂があるって言うの?湘南で幸せなのは、鶴岡八幡宮じゃなくて、江ノ島神社に守っていただいているからなのに。鎌倉にいた時はあんなに大変だったんだから」
「そなたが藤沢に住んでいるのは、なぜか。江ノ島神社がそこにあるからか」
「いいえ・・・隣に鎌倉があるからです」
「鶴岡八幡宮を祀れ」
「その通りです」
そして、なんだか泣けてきました。何を泣くのか、その気持はわかりませんでしたが。

参拝後、お札をいただきました。祈っているその時には納得できたのですが、社務所でも、今でも、何か違和感があります。理屈はわかる、でも気持が何かだまされているみたいで・・・ついて行けていません。こんなにはっきりと「祀れ」と命令されたのも初めてで、びっくりしました。

今日話したのは男神でした。鶴岡八幡宮では初めてです。若宮だったからかどうか、わかりませんが・・・相手は須佐之男命だったと思います。須佐之男命って、若宮に祀られていた?違うと思います。

八幡宮のご祭神は謎の部分が多く、須佐之男命なのではという説を読んだことがあります。今まで一度も男神を感じたことがなかったのは、出てくるとすぐに須佐之男さんだとわかってしまうからだったのかも・・・。

そのまま境内の白旗神社へ参拝。ご祭神は源頼朝とその子、実朝です。
「これでやっと新しい時代(南北朝)にめどが立ったので、源平に入ることができる」というようなことを言われました。南北朝・・・まだ終わってないんだけど・・・、これから源平やるの?私は南北朝にご縁が深くて、源平はあまりやらなくていいのかと思ってたんだけど・・・。

ここではいつも反応がないので、私は頼朝とはあまり深いご縁じゃないんだな、ご縁があるのかもと考えるのは頼朝にとって不愉快で失礼なことなんだろう、あまり関係のない人なんだなと思うようになっていましたから、意外でした。時期が満ちていなかった、ということなのかな。

3ヶ所の神社への参拝は、新しい扉を開くことになったようで、それは私にとって楽しいことなのか、つらいことなのかよくわかりませんが、箱根には参拝したかったのだし、3ヶ所へ一度に参拝もしてみたくなったのだし、どうしようもないことですね、きっと。

鶴岡八幡宮は明日祭礼だそうで、今日はその前夜祭だったようです。私は、お祭りの日の参拝は人が多いので避けますが、本当は、その神社のエネルギーが強くなる日で、知らずに参拝した日が偶然お祭りやその前日だったりするのは、とてもいいことなんです。

地震予定日は明日あさってと+-2日だそうなので、防災用具の点検をして、ミネラルウォーターと保存食を少し買いました。枕元に懐中電灯と靴も置きました。でも不安は全然なし。




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★9月13日「九頭龍神社、箱根神社、伊豆山神社、三島大社」

箱根神社に参拝したいという気持ちになり、出かけました。

湘南は晴れていましたが、箱根はたぶん雨で、いい具合に洗車してくれるだろうと思いました。寒いかもしれないのでGジャンも用意。ターンパイクの入り口でポツリポツリと来て、大観山では濃霧と豪雨でした。バイクの人も多かったのに、可哀想・・・。東京横浜はこの夏の最高気温だったようですが、箱根は25度位と涼しかったです。でも上着はなくても大丈夫でした。


この日は九頭龍神社の祭礼の日だということに気づいたので、最初に九頭龍神社を訪れましたが、祭礼が終わってすぐに到着しました。今日は、ここは目的地ではないなと思いました。改修工事は終わっていて、赤いきれいなお社になっていました。今月は夏休みが終わったせいか、人が前回来た時の半分くらいになっていました。参拝も、何か話しましたが、あまりピンときませんでした。

箱根神社で祈り始めると、ほっとするような暖かい雰囲気で迎えてくださいます。やっぱり、今日はここがメインだったと思いました。何を言われるでもなく、ただ気持いいだけの参拝でしたが、打ち出の小槌が見えてきました。ここでは五色のひょうたんの根付をいただいて持っていますが、2個目・・・?社務所には確かにありましたので、いただいて帰りました。

箱根神社の駐車場で、まだ時間があるけど、どうしようか考えていると、昔、源頼朝が度々参拝した箱根、伊豆山、三島の3ケ所にお参りしたくなってきました。そう言えば、私はこの3ヶ所に一日で参拝したことはありません。次には、伊豆山神社に参拝することにしました。

伊豆山神社に着いて車を出ると、蒸し暑いので驚きました。ううー、箱根は良かったなあ〜。雨も止んでいたし。参拝はここでも、暖かく親切に迎えてくださった感じがしました。

三島大社への参拝はこれで7〜8回目ぐらいでしょうか、いつもイマイチの感じです。ご祭神は大山祇命と事代主命。どちらの神様も、他では結構いい感じの時が多いのに・・・。この場所がだめなんですね。それが、今回の参拝ではぐんぐん祈りに入り込み、えらく気持ち良く参拝ができました。

三島大社との関係が良くならないことについて今まで、頼朝を助けた神なのになぜ、頼朝がこの土地を嫌っていたのか、足利が関係しているからか、加茂一族の土地だからか、などと考えていましたが、「この土地を戦いで汚してごめんなさい」と、自然に思い浮かびました。

途中、身体がぐるぐる回って、エネルギーも入れていただけました。なぜだかよくわからないけど、関係が良くなったみたい・・・。富士の祈りをしたせいかな。

祈っていて、さっき九頭龍神社で見た、金の龍の絵が見えてきました。今から九頭龍神社へ行けって?今日はもう帰るだけだから行かないよと思いました。ところが、帰り道はまた箱根を通ることになりました。参拝はしなかったけれど・・・九頭龍さんへ参拝したのは目的違いだったと思ったけど、何か働いてくださっていたのかな。

三島大社では、今回はじめて境内でゆっくりと過ごしました。

この日の夜、ある方から関東南部地震についてのメールが届いていました。私はその情報は知らなかったので、有難かったのですが、地震・・・それで今日箱根に行ったのかなあと思ってしまいました。震源地は箱根ではなく、うちの近くあたりになりそうですが・・・。




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★9月7日「川崎大師」

空海さんに、想像以上にお世話になっていることが最近になってわかってきたので、参拝に出かけました。

建物には白い布がかけられ、改修工事をしていました。中へ入ると、今から護摩焚きが始まるところでしたから、座敷へは上がらず、お賽銭箱の前で立って祈りました。般若心経が終わり、祈りの言葉を唱えていると、涙が流れてきたので、そのまましばらく泣いていました。祈りの言葉の続きは、すっかり忘れてしまいました。

空海さんが「これを授けます」と言って、白い紙を折りたたんだものを、私の手に握らせてくれました。(この動作。クールなようで、妙にホットな立ち居振る舞いの多い空海さんの、性格がまだ読みきれません)お札?お札にしては小さすぎるし、あまり長くありません。
「中には何が入っているんですか」
「文字が書いてあります」
よくわからないけど、後でわかると思いました。

参拝が終わりかけの頃に後ろにやってきた人が、鶴岡八幡宮の話をしていました。それで、またしばらく鎌倉へ、エネルギーを向けていこうと思いました。

今回は、ご本尊の姿絵がありませんでした。どうなっているのかと思って、お寺の方に尋ねてみると、姿絵を使うのは行事の時らしく、「たまたま何かの行事の時に来られたのでしょう」と言われました。
「これから護摩焚きの終わった方を、ご本尊様へ案内しますので、一緒に上がってください」と言ってくださり、皆さんの中に混ざりました。
遠くからはよく見えなかったご本尊に、ごく近くで参拝させていただくと、真っ黒な小さめの空海さんでした。

本堂を出て、護摩受付所を見ると、その中に先ほど空海さんが持たせてくれたものがありました。「ふところ守り」となっていて、白い紙を折りたたんでありました。これに間違いありませんが、護摩を受けた人がいただくものでした。もう参拝は終わったし、今回はいただかないで帰りました。

もしあのお守りをいただいたとしたら、どうやって持てばいいのかなあ。紙なのですぐに破れてきます。うーん。お札じゃなくて、持ち歩いてほしいということなんでしょうね。




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★9月6日「能・清経」

鎌倉芸術館で、能を見てきました。演目は「清経」。

夫とバイクで出かけましたが、出発して5分ほどで右折後、後から追ってくるはずの夫がいつまでたっても曲がってきません。夫はそのまままっすぐ走ったらしく、迷子に。バイクなので走っていると携帯を使えないので、連絡を取るのに時間がかかり、私は先に到着。夫は道がよくわからない上に方向音痴のため、あきらめて帰ってしまいました。

これも、演目が平家のお話だったからか、場所が鎌倉市だったからか、両方のせいだったのか。

今回は狂言の「寝音曲」でも歌を披露してくれまして、ほれぼれしました。
能ではまたビューティフルで生きた人形みたいな主役が、踊りを披露してくれました。でも、2回目のせいか、前回ほどの感激はなく、うっとりして終わった感じ。今度はもっと値段の高いのを見てみたいな・・・。

バイクに乗るたびに自分が攻撃的になっていく気がします。上達しているということでしょうが、バイクって攻撃的な乗り物なんですね・・・いや、私がそういうバイクに乗っているだけ?

もう人目など気にしない、派手に前傾するようになりました。だって、その方が動きやすいんだもん。そしてカーブでは前傾しながら、バンクが少しずつ深くなっています。その姿勢のままカーブを立ち上がる時って、何か自分がチーターになって獲物に飛びかかろうとする一瞬にいる気分で、たぶん、モーレツに怖い顔をしていると思います。眉間にシワができるかも。おもしろくて仕方ないよー、マイアトラクション。私は武士だったことがあるんでしょうねえ。

今日は特別攻撃的な気分になっていました。危ないぞ、と感じたので、抑え加減でいきました。てゆーか、渋滞でほとんど身動きは取れませんでした。

夫の方は交差点を直進中、対向右折車がこちらのスピードを見誤って右折を開始してしまい、ぶつかりそうになったそうです。(バイクは車よりも速いんだから、車の皆さん、気をつけてね〜)夫の通った道も渋滞していて、エンジンが熱くなって軽く火傷をしていました。夫の方が危ない目に遭ってますね。

やっぱり今日は、平家か鎌倉かその両方かで、危ない日だったみたい。大事にならずに済んで、良かったです。




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★9月4日「先祖供養」

先祖供養については、なくしていくことができればその方が良いと私は考えています。それでこの数年間、神への祈りの中で代わりの祈りをくふうしたり、供養の間隔をいろいろに開けてみたり試行錯誤してきましたが、今の状態では、なくすことは無理だと思うようになりました。今年のお盆は、久しぶりの先祖供養で、体調が軽々、絶好調でした。

10年以上毎日供養してきたのに、まだ供養が毎日必要とは、情けないと思うのです。死んだ人にとって10年などあっという間かもしれませんが、少しは成長してよ!まだ工夫できることはしたいので、これからは供養に、苦手ですが「お説教」を入れてみようかと思います。



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★8月27日「江ノ島神社」

今日は誕生日でしたので、江ノ島神社にご挨拶の参拝に行きました。ハイそうですかという感じで、軽くあしらわれたみたい。でも弁天さんに、最近始まったご神仏とのチャネリングのことを確認してみると「それでいいのですよ」と言ってくださったので、安心しました。その言葉さえ聴くことができれば、満足です。いつものように、竜宮社で気持よーく清めていただきました。

365日ぶりに帰ってきた、私の太陽。天の岩戸から出てきたのは、私自身でもあったのかも。丹後から帰り、毎日天照大神様へも祈っています。天照皇大神ではなく、天照大神と呼んで平気でいます。天照大神とは、ひとりひとりのハイアーセルフのことでもあるんだなと思いました。

今日は、火星最接近の日でもありました。日と火の一日。太陽と、火星と、占星術で私の太陽に近づいている木星の働きもあってか、チャネリングという形もやってきました。神仏との会話が今までよりもクリアで、コミュニケーションのストレスが減りました。今年の誕生日は、いろいろなことが起こっています。




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★8月22日「ライブ−板橋文夫、立花泰彦、外山明」

鎌倉ダフネで、ジャズのライブを見てきました。板橋文夫さんはピアニストで、20年位前に2度、偶然生で聴いたことがありました。何、この人いいじゃないのと思いましたが、今はどんな演奏をされてるのかなあと、出かけました。ベースは立花泰彦さん、ドラムは名前を聞いたことのある外山明さん。

始まってみると、全編フリーでした。フリーは演奏者よがりでつらいことがありますが、今回は全然気になりませんでした。板橋さんのピアノは、以前と同じ、飾り気のない素のままといった感じでした。それが、よりパワフルに脂ののった演奏になっていました。足利出身の方らしいです・・・。

ドラムの外山さんが、うまかったです。ツボにはまりまくる演奏で、気持のいい限り。元気いっぱいなので、スネアの皮が破れやしないか、スティックが折れて飛んで来やしないかと、心配でした。新しい、現代的な感覚のドラマーだと思いました。

店内はほぼ満席で、20人程度でしょうか。皆さん満足そうで、拍手に掛け声が飛んでいました。

私は思わず、車やバイクに例えてしまいます。以前の佐藤允彦さんはCB、今回の板橋さんはオフロードレーサーって感じでしょうか。ついでに外山さんはインプレッサ。あとポルシェやエリーゼみたいな色気さえあれば、ついて歩きたいです。

夫は「佐藤さんは先生、板橋さんは芸術家」と言っていまして、相当満足したようです。夫にとっては、初めて見た、これが本物のジャズの芸術家!でしょうか。



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★8月14日「鎌倉円応寺(えんのうじ)、閻魔大王」

先日、車でラジオを聴いていたら(いつもFM横浜)鎌倉特集をやっていまして、リスナーの方のメールかお便りが読まれました。その内容は、
「私が鎌倉で一番好きなのは、円応寺です。初めて訪れた時は、運命の人に出会ったような気持になりました」
というもので、これを聴きながら、私はくっくっと笑っていました。

円応寺のご本尊は閻魔大王で、迫力ある木造をすぐ目の前で拝めます。こんな感覚、私だけじゃないんだなあ、特に神仏が好きで何かやっている人じゃないだろうに、やっぱり同じように感じるんだなあと、感心しました。

私も全く同感です、鎌倉では円応寺が一番好き。閻魔大王さんがだーい好きです。



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★8月10日「慈恩寺(じおんじ)、大谷(おおや)観音、日光東照宮、日光ニ荒山(にっこうふたらさん)神社」

埼玉の慈恩寺に到着すると、お祭りか何かの後片付けが終わりかけていました。とても暑い日で、日なたにいるのはつらく、さっさと歩きました。ご本尊は千手観音。

参拝していると、柔らかく優しい雰囲気が周囲に満ちているのがわかります。何か言われたのに、忘れました。暖かく迎えて下さっている、という内容の言葉でした。確かにいいところです。つい数メートル手前とは別世界のようで、お寺はいいなあ、と思わせられます。

次に、前回の千手観音めぐりでは遠くて省略した、大谷観音へ参拝しました。東北道・宇都宮インターの近くにあります。本尊は千手観音。大谷石の石窟に、空海さんが刻んだと言われる迫力ある観音様です。ここへ始めて参拝した時、涙が滝のように流れ、身の置き場がないと感じるほどの強いエネルギーを受けました。観音様への参拝で、たまにそんな感じになることがあります。仏様のエネルギーは、神様よりも波動が低めだからでしょうが、感じる時にはものすごい強烈さで、吹き飛ばされそうです。今回で3回目の参拝になりました。

以前あれほど感動した仏様の姿を、まじまじと見つめてから祈り、少し涙ぐみました。

ご本尊の裏手には弁才天を祀った池があります。本堂を出てからそちらに軽くごあいさつすると、うまく弁天様と気持が通じたので、「なぜ、ここの観音様とこんなにいいんでしょうか」と尋ねてみました。
「あなたのご守護・・・」何、何?そこから後がよく聴き取れませんでした。ううーん。

観音様がご守護してくれてる?弁天様が観音様でもあるから?空海さんがご守護してくれてるから、そのご縁で?結局何もわかりません。

ここは日光東照宮に近いので、東照宮にも参拝することにしました。ところが、インターを通り過ぎてしまい、次のインターで降りて戻っていると渋滞で、拝観受付時間にたった5分、間に合わなかったんです。私は徳川家とはだめだということはわかっていますので、まあ、仕方がありませんね。とはいえ、門の外から軽く祈りました。

お隣のニ荒山神社は、下野の国一宮です。ご祭神は大己貴命(おおなむちのみこと。=大国主命=大黒様)、田心姫命(たごりひめのみこと。=多紀理姫命)、味耜高彦根命(あじすきたかひこねのみこと。=事代主命=えびす様)。拝殿前に立つと、本殿まで見通せて、飾りのお灯明がとても暖かな雰囲気です。いつの間にか、大国主さんは、どこでも本当に優しく優しく迎えてくださるようになりました。

ゆっくりやってきて何気なく祈り始めましたが、どうも扉を閉め始めているらしかったので、いつもより短く終わらせました。こちらは、ぎりぎりで間に合ったんですね。祈っていると、天井でたくさんの鈴が鳴らされました。(霊聴)

夫が社務所で鈴を手にとって、「これ、どう?」と言っています。先ほどの鈴のことは、何も話していません。よくわかる人だなあと思いながらも、その鈴の形が、さきほど天井で鳴っていたものとは違っていたので、いただきませんでした。鳴っていたのは、ごく普通の形の鈴で、夫が手にしたのは太鼓のような、デザインされた鈴でした。

輪王寺にもご挨拶しました。本来この場所は、ニ荒山神社と輪王寺が信仰された場所なんでしょう。

帰りの車の中で、私はだんだんと具合が悪くなってきました。ああ、東照宮に「ついでに」参拝したからだなあ。それにしても久しぶりの感じで、とにかく爆睡。それから頭痛、吐き気。身につけていた石を全部取り替えたかったんですが、こんな日に限って、スペアのセットを持ってきていませんでした。それじゃあとにかく、はずすだけでも・・・とはずしてみたら、頭痛が強くなるので、まだ働いてくれているみたいです。それで、つけていた石全部をハンカチでふくと、頭痛も吐き気も楽になりました。

その後大黒SAで食事をすると元気になって、後はいつも通り、すいすい運転して帰ることができました。



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真名井神社
左後ろに、天照大神を祀る岩磐の鳥居が見えています。

きれいな写真が撮れました。超〜感謝!豊受さん!
私、「マナ」と呼ばれていたことがあります・・・本当に。

★8月3日「気比(けひ)神宮、金ケ崎(かねがさき)神社、若狭彦神社、籠(この)神社、真名井神社、天岩戸神社、皇大(こうたい)神社」

3日目は、敦賀の気比神宮へ初めて参拝しました。気比神宮は南北朝で南朝方についてかなり激しく戦っているので、ここへの参拝は、これまで気をつけて避けていました。けれど今、楠正成に始まって、後醍醐天皇、護良親王、新田義貞と、主な面々との和解が進んでいるので、訪れることにしました。

気比神宮は越前国一宮で、ご祭神は伊奢沙別命(いざさわけのみこと)。又の名を御食津大神(みけつおほかみ)とも言うらしいので、豊受姫命かもしれませんが、昔からの土地の神かもしれません。

祈っていると、巫女さんが私の前を行ったりきたりして祈祷に使った座布団を整えていました。なるほど・・・きついです。実は昨日の新田義貞との逢瀬(?)に興奮していて、私はもしや本当は南朝方の人間かもなんて思っていましたが、甘いよと教えられた思いです。

次に、気比神宮の近くの金ヶ崎神社へ参拝しました。ここで、南北朝の大きな戦いがありました。ところが、戦国3傑が揃った地というのぼりがたくさん立てられていて、南北朝よりも戦国時代の方が人気があるから、観光アピールしているようです。

境内に入っていくと、またしても戦国時代の説明ばかりでしたが、神社そのものの由緒などは南北朝のものでした。ご祭神は金ヶ崎城の戦いで亡くなった後醍醐天皇の皇子、恒良(つねなが)親王と尊良(たかなが)親王です。

金ヶ崎城の戦いは半年にわたる篭城戦で、新田義貞、嫡男の義顕などが恒良親王と尊良親王を奉じて立てこもりました。その間、食料が尽きて毎日2頭の馬を殺して皆で分けて食べましたが、体力は落ちるばかり、決戦の時には敵がなだれ込んでも抵抗する力がなく、戦死した仲間の肉を食べたそうです。

尊良親王は義顕に切腹の作法を教わり、見本を見せた義顕に続いて自害。恒良親王は脱出しましたが、京へ送られた後に毒殺されました。義貞はこの場を脱出して、近くの次の戦いで戦死しました。

祈っている時は暑かったのですが、さわやかな風が吹いていました。ご祭神は無言でした。また必ず、訪れることになるでしょう。

夫が境内の自動販売機を利用しようとしているのを見て、「ここで買うと、嫌な思いをするよ」と言おうかと思いましたが、黙っていました。「ぬるっ!」出てきた缶コーヒーが冷えていなかったらしいです。その位で済んで良かったですが、夫も北朝だったのかと思いました。

次の若狭彦神社は、1.5キロ離れた若狭姫神社と若狭彦神社とで若狭国一宮とされています。若狭姫神社は若狭彦神社から分祀された神社だそうです。

まず若狭姫神社。ご祭神は豊玉姫命。まあまあいい感じでしょうか。

次に移動して、若狭彦神社。ご祭神は彦火火出見命(ひこほほでみのみこと。=山幸彦。天火明命とも言われます)です。境内に入るとすぐに、カエルが目の前をぴょんぴょん飛んで横切りました。縁起のいいこと!「おかえり」と言われているみたい。ああ、何ていいところ、素晴らしいところ、神気が充満して清らかでパワフル!以前もそう感じましたが、今はまたもっとはっきりと、その素晴らしさがわかります。

ここから文化圏が違っています。懐かしくて仕方がありません。この感じはここからずっと丹後(丹波も昔は丹後でした)まで続いている、あのワイルドな文化です。私はこの感じが好きで仕方がない・・・。天然石で言えば、アクセサリーではなくて原石のエネルギーと似ています。この辺りの土地は、水晶かアメジストのクラスターの中にあるかのように強烈な波動です。

手水舎も自然そのもの、流れ落ちる水は澄んだ水たまりとなり、そこにはイモリがたくさんいました!イモリは確か水のきれいなところにしか棲めない生き物と聞いた気がします。

祈りの声はだんだんと大きくなり、周囲に響き渡っていました。快適で、とってもいい気持!

次に参拝したのは、天橋立北側の真名井神社です。ここから先は、時間がなければ省略して、また別の機会に来るつもりでいましたが、義貞の墓参が2日目にできてしまったので、今回訪れることができました。ご祭神は豊受姫命。ここは毎日何度も呼び出して祈っている神社で、お札をいただくのが目的でした。

祈りの声はまた、大きく響きますが、途中からかすれて何度か中断しました。ん???霊視出来たのは、白とピンクの三角錐の形の盛り塩ふたつでした。おめでたい感じがしますが、声がかすれるのは何なんだろう?私の間違いを指摘されている、と思いましたが、何のことだかわかりません。結婚、夫婦、陰陽、そんなイメージですが、国常さんのこと?違う気がします、ううーん。お札は霊視でいただきましたから、ひとまず安心です。豊受さんの注意の意味はわからないまま、祈りが終わりました。

祈りの後、本殿裏に回ると、岩磐(いわくら)がありました。そうそう、これが大迫力なんです。そこに祀られているのは、天御中主神(豊受姫命)と天照大神です。これを見てはっと気づきました。天照さんだ。私は天照大神のお札を置いていないし呼び出して祈ることもなくなっているので、天照さんを祀れと言われているんだ。豊受さんは、天照さんとペアなのだという意味なんだ。

帰ってきてから読んだ、籠神社のパンフレットには、籠神社の祭礼は、日と月、火と水の祭礼になっている、と書かれていました。月と水が豊受さんで、日と火は天照さんだ。

しかし、どこの天照さん?伊勢内宮の天照さんに、私は本音で祈ることはできません。この世の様々な間違い、物質に傾きすぎたゆがみ、その責任の根本は天照大神にあると感じているからです。大本教の霊能者、出口王仁三郎さんは、今の天照大神はにせもの、本物を天照皇大神(あまてらすすめおおみかみ)と呼んで、まだ岩戸の中にいらっしゃると考えていました。私も同じ感じを持っています。それとも、籠神社に祀られている、天照国照彦という別名を持つ天火明命に祈るということでいいんだろうか。

次に丹後国一宮、籠神社に参拝しました。ご祭神は天火明命。祈っていると、丸い緑色のものが見えました。丸くて確かに緑色、形はよくわからないけど、後でわかるでしょう。社務所を探すと、それはボケ封じのかぼちゃのお守りでした。・・・・・・・・・・。もうほとんど毎回、お笑いですよ。そのかぼちゃの中にはごていねいに、カエルが入れてあるらしく、「若返る」だそうで、先ほど「若」狭彦神社でカエルに迎えられた後ではもう、これじゃない、他のお守りのことだとは言えませんでした。それにしても、お笑いの度合いが、どんどん強くなっている気がするんですよね。またまた根付でした。

籠神社で豊受姫命のお札もいただきました。籠神社のお札は霊視しなかったし、まだどこの天照さんを祀るべきなのかわからないので、いただきませんでした。

次に向かったのは大江の天岩戸神社、ご祭神は櫛岩窓命(くしいわまどのみこと)と豊岩窓命(とよいわまどのみこと)で、大きな岩の上に祀られていて、聖域と呼ぶにふさわしい迫力ある場所です。ニューエイジでは地球の次元上昇をアセンションと呼んでいるようですが、日本では「岩戸開き」と呼ばれてきました。この岩戸が現在開こうとしていて、中から出てくるのは本当の天照大神だと考えられています。

私はここへは2度目の参拝でしたが、前回はもう日暮れ直後で、下の写真を撮影した場所へ立つことが出来ませんでした。ここへ立たなければ左奥の岩戸を見ることはできません。時期が満ちていなかったのだと思います。ここへ来るためには、岩を司る磐長姫命との関係改善がどうしても必要でした。そして、豊受姫命から伝えられたのも、岩戸からこれから出ていらっしゃる天照大神に御奉仕するようにということに違いないと思います。

天岩戸神社から山を登り、きれいなピラミッド型の岩戸山に軽くご挨拶して、皇大神社に参拝しました。皇大神社と籠神社は、天照大神が昔奈良を出発して伊勢に居を定めるまで点々とされた、最初の場所とされていて、どちらかというと籠神社がそうだという説が主流です。それで、どちらも「元伊勢」と名乗っています。皇大神社はそうではないかもしれませんが、素晴らしい神域であることは確かです。ご祭神は天照皇大神。

そうです、天照大神ではなく、天照皇大神。ここの天照さんをお呼びすることになるのかなあ。出口王仁三郎さんは、籠神社よりもここをよく信仰されていました。

今回で3度目の参拝ですが、初めて訪れた時は
境内末社の多さと、その配置の異端さに驚きました。こちらの方が、神道よりももっと古い形だという
感じを受けて感動しました。そう、縄文式が入っているような。なぜ他の神社はこうしないんだろう、この方がパワフルなのにと、目からうろこが落ちた気になりました。ひとり言で「すごい、すごい」と言いながら境内を見回したものでした。それ以来、ここも大好きな神社です。でも、今回はどーっさりある末社へのごあいさつは省略。

参拝後、夫が「見て見て」と案内してくれたのは磐長姫命を特別に祀った場所でした。ここにそういう場所があることは以前に知って、うれしく思っていました。夫は「藤沢って書いてあるよ」と言います。藤沢?説明書きを読むと、藤沢の皇太神社にまず磐長姫命が降臨され、その分霊をここに祀ったと書かれていました。ふっ、藤沢・・・その皇太神社、もちろん知っています。このあたりの総鎮守で、うちの鎮守もそこの宮司さんの担当のはずです。何だこれは?また参拝してみようっと。

皇大神社には外宮がありますが、もうタイムアウト、今回の旅行はこれで終わりにしました。初めて外宮に訪れた時は、虹が出ていましたが・・・ごめんね。時間があれば、綾部で尊氏の墓参もしたかったのですが、できませんでした。帰りにガソリンを入れると、くじが当たって、タオルをもらいました。さすがだね、丹後!

今回の丹後旅行は、ここに自分の前世がいたという確信を新たにさせられました。まるできのうのことのように、鮮やかな感覚が蘇ろうとするのに、思い出せないんです。思い出せないことが不思議で、感覚が混乱しそうなほどです。今まで私は結構色々な土地に移り住み、実家も含めて過去の土地に訪れても、何か以前そこに住んでいたことがうそのように感じるのに、丹後はそんな現実よりももっと現実的に生々しく自分の感覚に迫るものがあります。

帰り着いたのは4日の朝4時ごろでした。次の日、自分の前世は新田義貞らしいという方から、暑中見舞いの葉書きがとどきました。その日のうちに、新田義貞のご子孫らしき人から、メールが届きました。くすくすと笑いました。

これを書いているのは8月9日。今、台風10号が北陸を北上しています。私が通ったルートを逆向きに、豊受姫命がもたらしたのか、水の浄めが全国を通過しています。



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天岩戸神社
★8月2日「雄山(おやま)神社、高瀬神社、白山比刀iしらやまひめ)神社、永平寺、新田義貞公墓所」

立山の雄山神社は3ヶ所ありますが、一番市街地寄りの神社への参拝で今回は充分と感じたので、他へは行きませんでした。ご祭神は伊邪那岐命と天手力雄神(あめのたじからおのかみ)です。参拝は、静かに聴いて下さいました。

次に越中一宮、高瀬神社に参拝しました。参拝中、結婚式が行われていました。静かで優しい雰囲気でした。ご祭神は、後から大己貴命(おおなむちのみこと、=大国主命)、天活玉命(あめのいくたまのみこと)、五十猛命(いそたけるのみこと)であることがわかりました。やっぱりね。

白山比刀iしらやまひめ)神社は、3度目の参拝になりました。1回目、2回目ときつかったのですが、今回はどんなものでしょう。ご祭神は、白山菊理媛命(しらやまくくりひめのみこと)と伊邪那美命(いざなみのみこと)です。祈りはすんなりと集中でき、
いい気分でした。白山比盗_社、あるいは白山神社へ参拝すると、新羅国(今の韓国)とのカルマがあれば、出てきますよ。

次に、曹洞宗(禅宗の一派)総本山の永平寺へ参拝しました。ここはすごい人で、修行僧の方たちが手際よく観光客を案内しています。大きな広間に集められて、若い修行中のお坊さんの説明もあります。境内どこでも撮影自由、開放的なお寺でした。ご本尊の前で修行僧の男の子達が、作法の練習をしながらふざけあって、仲間に蹴りを入れたり、ドタタタタと走り回ったり、内部も開放的な雰囲気のようでした。

祈りそのものは、まあまあでしょうか。どうも今回の旅行は、どこもとりあえずのごあいさつという感じで終わってしまいます。帰りに、羽二重餅を買いました。長男の好物なので。長男は前世で曹洞宗だったのかも・・・

3日目にしようと思っていましたが、時間が余ったので、新田義貞公の戦死跡地に行きました。近づくと涙がこぼれそうになるのをこらえます。「ここは違うかもしれない」と何となく思いながら。

その場所で義貞没後300年後ぐらいに甲が発見されたそうです。それは今の野球帽のような形の甲です。祈りましたが、大きな反応は感じませんでした。ここは違う。その甲が義貞のものかどうかは別として、義貞は今ここにはいない、次の場所で待っていることがわかりました。

次に向かったのは、義貞の菩提寺、称念寺です。私はここには、義貞の位牌が納められているのだろうと思っていました。だから、本当は義貞を目の前にして祈りたかったけれど、ご本尊に祈って、伝えてもらうしかないと考えていました。

お寺に到着して境内に入るとすぐ、「新田義貞公墓所」の立て札が目に入りました。お墓があるんだ!うれしくて仕方がありません。本堂まで早足で駆け寄り、さっさと祈りを済ませましたが、涙がこぼれ落ちそうでした。ご本尊様も、とても喜んでくれているのがわかります。

義貞のお墓の前にひざまずいただけでもう、涙が次から次へとあふれて、お経を読み始めることもできません。幸せで仕方なくて、しばらくそのまま泣いていました。涙が少し収まるのを待って、ゆっくり、何度も休んでは泣きながら般若心経を唱えました。「私達は魂の兄弟に間違いない、なんて仲のいい兄弟なんだろうね。私達はふたりでひとつだったね、元にもどれて本当にうれしいね」などと、心の中で話していました。

お寺から出ても、車を運転しながら涙が止まりませんでした。落ち着いたと思っても、高速に入るとまた涙があふれてきました。「いろんな人が、あなたを悪く言うよ」「あの時は思い切り生きたから、何の後悔もない。もうあのようには生きることはない、過去の輝きである」と彼はさっぱりしていました。これを書きながらも、涙を止めることができません。

今回の旅行は、ここが目的でした。旅行に出かけると、自分が思った所とは別の場所が本当の目的地だったことに、出かけてから気づくことも多いんですが、今回は違っていたようです。もうひとつの目的地は、真名井神社なんですが。



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★8月1日「弥彦(やひこ)神社、春日山神社」

冬の間はがまんしていた、日本海方面へ出かけました。渋滞にはまって、所沢S.A.まで普段は1時間半のところ、4時間かかりましたが、そこから先はスイスイでした。

越後一宮、弥彦神社は、どこかに似ている・・・と考えると、愛知県の真清田(ますみだ)神社に、建物の造りがよく似ていました。真清田神社は、弥彦神社のご祭神が祖神(天火明命・あめのほあかりのみこと)を祀ったところですから、似ていて当然なのかもしれません。弥彦神社のご祭神は天香語山命(あめのかぐやまのみこと)で、私の母の先祖です。

祈っていると、ご祈祷がはじまり、太鼓や笛が鳴らされました。巫女さんが数名こちらを向いて並ばれ、おじぎしてくれました。(霊視)大歓迎してくれているわけではありませんが、きちんとごあいさつをしていただけた感じでした。

天香山命は尾張一族の祖神で、宮簀媛の先祖でもありますが、私はこれまでどこで参拝をしても、とても良い反応をいただいたことはありません。天香山命には異母弟があり、ウマシマジノ命と言いますが、この人は物部一族の祖神であり、こちらの方が私にはいい感じです。異母兄弟の間には、何か葛藤があったのかもしれません。

神武天皇が九州から奈良へ東征してきた時、父ニギハヤヒノ命(天火明命の別名。別人という説もあり)と共に、兄弟そろって神武天皇に帰順したにもかかわらず、天皇に気に入られて奈良・大阪で繁栄したウマシマジノ命と物部一族に対し、山奥の熊野からさらに都を遠く離れ、新潟開拓の命を受けて左遷された天香山命の違いは、何だったのでしょう。

天香山命の妻神は異母妹で、弥彦神社の由緒書きではニギハヤヒノ命と奈良の豪族の女性との間の娘になっていますが、京都府籠(この)神社の系図によれば、天火明命と市杵島姫命(弁才天)との娘と書いてあります。市杵島姫命からすると天香山命は夫の他の妻の子で、娘の夫ということになり、この辺にも葛藤の可能性はあります。

弥彦神社の次には、上越市の春日山神社へ参拝しました。ご祭神は上杉謙信で、謙信の春日山城にあります。春日山城は山全体がひとつの城となっていて、敷地はかなり広大です。それだけで、圧倒されるようでした。

本殿へ近づくと、ようこそという気持が伝わってきて、ああ、来て良かったと思いました。上杉家は、元は長尾姓でしたが、足利家の親戚筋の上杉家から、家名をゆずり受けました。そのため、謙信は足利家とも好縁です。

祈り始めても、ご祭神は折目正しく、一種の緊張を解きませんでした。そうだよね、昔の武将だもんね、と納得しました。

新潟の町は、三条市も上越市も歴史があるのに、新しくてきれいでした。関東や太平洋側の小ぶりの町では、さびれた感じのところが多いのに、不思議な感じがしました。

1日の夜の間に富山市へ移動しました。富山の町では、ちょうど花火が始まったところで、まるで、いらっしゃい!と出迎えてくれたようでした。



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★7月12日13日「九頭龍神社」

箱根の九頭龍神社へ参拝しました。ご祭神は九頭龍。富士山に関わって、かなり疲れましたから、ちょっと頼りに。今回はどうしても、箱根神社内の分社ではなく、芦ノ湖畔の本社に参拝したいと思っていました。

たまに船が出ると聞いていたので、船着場で時刻表を調べましたが、書いてありません。仕方なく、たぶん断られるだろうと思いつつ、プリンスホテルのロビーで尋ねてみたら、あっさりOKして下さり、詳しい地図までいただいて、行きかたの説明もしてくださいました!きゃっほ〜!!

九頭龍神社は、箱根プリンスホテルの敷地内にあります。教えてもらった通りに行きましたが、その道筋は、私が以前勝手に忍び込んだのと同じでした・・・。

九頭龍神社は改修工事中でした。それでちょっとがっかりしたんですが、祈っていると涙が出てきました。そして、両手に金や赤や黄色の糸で織った、かなり豪華な布をいただきました。くるくると巻いてあり、巻物かと思いましたが、布だから反物ですね。この布、何にするのかなあ・・・。普通の着物ではなくて、お坊さんの儀式用の衣装に使うような、金ぴかの布でした。

それから、ひらひらと白く長い紙に、九頭龍神社と書かれたものが、反物の上に落ちました。これはお札だなと思いました。良かった・・・お札をいただける!

参拝が終わって由緒書きを読むと、奉賛会が存在していて、毎月の例祭に船で参加できるようでした。詳細は箱根神社で尋ねるように書いてあり、ぜひ参加したいと思いました。

プリンスホテル、九頭龍神社間は1.6キロ、片道徒歩25分を戻り、箱根神社に参拝しました。参拝は、とってもいい気持。社務所で、九頭龍神社のお札をいただき、九頭龍神社奉賛会について聞いてみました。すると、奉賛会には会費も連絡もなく、毎月13日に参加したい人だけが船着場に集まって参加するのだそうです。それが、明日だと聞いて、また明日も来ようと決めました。

その日の夜、自宅で九頭龍神社のお札を納めて祈り始めると、右腕にしぶきがかかったような冷たさを感じます。冷房は軽くかけていますが、今まで一度もそんな感覚は感じたことがありません。腕を見ても、しぶきなどかかっていませんし、大体、部屋の中でじっとしているのに、水などかかるわけがありません。それでも、そのしぶきがかかる感覚は、はっきりと何度もくり返しありました。

変な感じだなあと思いながらも祈っていると、今度は無造作に返した手のひらに、どこかから水滴が落ちました。この水滴は本物で、ちゃんと手に直径5ミリほどの水がついていました。エアコンがついていますから、たぶんエアコンの中の水を何とか使って、私の手のひら目がけて飛ばしたんだろうと思いますが、エアコンがついているからって、部屋の中にいて水がかかったことなど、今までありません。

九頭龍さん、ど根性、すごい・・・。しぶきがかかる感覚や、水滴は、この時きりで、前にも後にも同じことは起っていません。

2日目の13日の朝、湘南は雨でした。雨なら人が少なくて丁度いいと思い、出かけましたが、箱根に着くと止みました。船着場に着いてみると、予想に反してものすごい人。祭礼に参加する人など、20人前後位のものと思っていたのに、なーんと、1000人位いたんです。しかも9割が友達同士で来ていると思われる、若い女性です。どうなっているのか、最後までわけがわかりませんでした。観光地のイベントとして、どこかで九頭龍神社の祭礼が紹介されているんでしょうか・・・。

1000人ほどが、大きな船で狭い九頭龍神社へ運ばれました。雨は、降らせないようにしてくれると思いました。本当に祭礼が終わり、元箱根を出発するまで傘は必要がありませんでした。

まだ工事中の境内で、祭礼は始まりました。参加者のほとんどは、どうしたらいいのかわからない人ばかり。私は、祭礼が始まったことが見て判ったので、列から出て本殿のすぐ横に移動し、そこで祈りました。

「龍神は、この世を創る時の最後の仕上げをしたのである。霊的なものを、物質にしたのが龍神である。」と、教えてくださいました。
「八大龍王といい、何で私は龍神さんといい関係なんですか、もしかして、私も龍神だとか!」
「ふぉっふぉっふぉっ」
そうなのか、違うのかは、わかりませんでした。

他にも何やら話していましたが、急に軽い頭痛がしたので、終わらなくてはいけないことがわかり、祈りを終了しました。すると、1分足らずで祭礼も終了になりました。

毎日、九頭龍神社を呼び出して祈ることが出来るのは、幸せです。あの反物は何なんでしょう・・・龍神も反物も長いという共通点があることには気づきましたが、この反物で衣装でも作ってくれるのは、いつ、誰なのかなあ・・・。


帰りに、箱根彫刻の森に寄って、ピカソを見てきました。1枚3000円で買えるんなら、あれもこれも欲しいと思えるようなお皿がたくさんありました。お気に入りの陶芸家間違いなしなんだけどなあ。他の有名画家が一生に1点しか描けないような天才的な作品が、ピカソにはたくさんあります。この人と、10年ほどは同じ時代を生きていたことがあるなんて不思議な感じです。



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★7月5日「東口本宮浅間神社、古御嶽(こみたけ)神社、小富士(こふじ)」

東口本宮でもう一度参拝をしなおしてから、東口五合目の古御嶽神社へ参拝しました。ご祭神は、木花咲耶姫命。こじんまりとした素朴な感じのお宮です。祈りの反応は、硬い感じでした。それで、今回の祈りの頂点は北口五合目の小御岳神社の方だったのかな、と思いました。あちらはご祭神が磐長姫さんですからね。

ここまで来たので、ついでに小富士へも行きました。前回は誰もいませんでしたが、山開きされたので人がいて、シートを広げてお弁当を食べながらおしゃべりしていました。祈っていても、おばさんが隣でキャッキャと大笑いしています。ここは、夏の間はだめみたい・・・。

それでも、周囲のエネルギーはものすごくて、パワーがごうごうと渦巻いているかのような印象を受けました。これから私は、この場所以上のエネルギースポットに出会うことがあるのだろうかと思います。

伊豆の白浜神社からスタートした富士の祈りは、とりあえず終了しましたが、あちこちでまだ硬さの残る感じがあったので、これからも少しずつ参拝を続けて行きたいと思います。今、自分がここに住んでいる、第一の目的は鎌倉の供養ですが、第二の目的は富士山だったと思います。

富士山に通い始めてから、身体はだるいです。梅雨のせいかなあと思っていましたが、参拝場所が多いと疲れが長引くので、やはり富士山のせいなんだなあと思います。登頂はしないつもりです。昔の人は、霊山には登らないものでしたし、考えただけで疲れます。

山中湖で、ほうとうを食べました。ううーん、いいけど、愛知県蟹江駅前商店街のうどん屋さん(山本屋さんでは食べたことがないので・・・)の、味噌煮込みの方がおいしい・・・。麺はきしめんで半生、味噌は八丁味噌。山梨県の地元民御用達のお店で食べてみたいものだと思いました。



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★6月29日「加波山(かばさん)神社、出雲大社常陸分社、笠間稲荷神社」

加波山神社は、冬の間は通行止めになるので、夏草がぼうぼうになる前に参拝することにしました。ご祭神は国常立命、伊邪那岐命、伊邪那美命。拝殿で祈り、古いお札を納めて新しいお札をいただきました。それから、徒歩5分ほどで本殿へ登り、そこでも祈りましたが、後から人が登ってくると、祈るのどが締まりました。

拝殿へ戻ってくると、留守居の方が社務所へ上がるようにと呼んでくださったので、招かれるままにお邪魔して、お茶と採りたての(盗りたて?ご本人は下の畑から盗ってきたと言っていました)トマトをいただき、加波山中で起こる、霊的な不思議な話などをいろいろと聞かせていただきました。

山を降りる途中で、車のバンパーの裏をこすりました。

次に参拝した出雲大社常陸分社は、はじめての参拝でした。ご祭神は大国主命で、平成4年にできた新しい神社です。参拝をはじめると、とってもいい気持。細胞が全部リラックスして、優しくなでられてでもいるかのようです。男神の中で一番優しいのは、大国主さんだなあと、いつも思います。大祓い(6月30日)の前日だったので、茅の輪が用意されていたので、くぐりました。

出雲大社で緊張をほぐしてもらったので、自分が緊張していたことに気づきました。加波山神社の反応が悪かったからです。これはどういうことなのか・・・。

出雲大社での祈りが終わると、空の一部が暗くなってきました。駐車場にたどり着く前にぽつりぽつりときて、ほんの少し濡れました。車を出して国道を走り始めると、バケツをひっくり返したようなどしゃ降りになり、周囲の車も皆スピードを落としてライトを点けました。でも、よく晴れているんです。

これと同じことが以前、出雲の出雲大社へ初めて向かう途中、奈良で起こりました。優しくても男神なんですねえ、豪快などしゃ降り具合、笑いたくなります。しとしとと降る弁才天の雨とは、大違いです。でもこれで徹底的に清めてくれているんですね、本当にありがとう!弁才天と大国主さんは代表的な龍神ですから、雨を降らせるのがお得意です。

祈りながら、金色のひょうたんのようなものが見えたんですが、こんなところまでめったに来ないからと、社務所をのぞかなかったんです。同じ理由で、写真も撮りませんでした。後悔してます・・・。でもゆっくりしていたら、どしゃ降りの雨で、ずぶ濡れになったかもしれません。この雨は局地的な大雨で、20〜30キロほど離れた場所では1日中快晴だったようです。

次の笠間稲荷神社に着くころには雨は止んでいるだろうと思いました。すると、やはりその通りになりました。笠間稲荷では、茅の輪の準備をしていました。ここは日本三大稲荷で、ご祭神は宇賀御魂命です。

笠間ではお気に入りの焼き物のお店があり、前回はそこでお茶碗を、今回はマグカップを買いました。「きらら館」というお店なんですよ。無料でお茶も飲めて、いつもにぎわっています。

帰って来ると、リュックの中に入れていた加波山神社のお札が、折れ曲がってゆがんでいました。こんなことは初めてですが、考えてみれば、ぐちゃぐちゃのリュックの中で、これまで一度もぺらぺらのお札でも曲がったことがなかったことの方が、不思議だったんですね。

今回、加波山神社での反応が良くなかったことは、考えても理解できませんでした。自分の中に、何か原因になるような心当たりはありませんでした。自宅から毎日何度もお呼びしている時には、いつも親切で優しいんです。

どう考えても理解に苦しむので、直接、国常さんに尋ねました。
「スサノオの神もこのようなことをすることがあっただろう、少し出すべきものを出したのだ。」
須佐之男命からも、私の調子がいい時には、わざと頭痛を与えられてカルマを出されたことを思い出しました。
「このお札もカルマを受けていますね」
「新しくすればよい」

これで少し加波山神社への不信感は消えましたが、まだ完全ではありませんでした。そのせいか、呼び出すたびに、眉間にエネルギーを強く入れてくれるようになりました。それでようやく、私の気持も落ち着いてきました。大祓いの前日だったから、強めにカルマを出されたんだなとも思いました。一方で、須佐之男命からなら平気なことを、他の神からされると信用できなくなる自分に驚いていました。

今日、江ノ島神社へ、いただいたばかりだけどゆがんでしまった加波山神社のお札を納めてきました。またお札をいただきに行かなくちゃ、とあの山道を思い出すと、二の足をふんでしまうんですよね・・・そのことも国常さんに言ってみましたが、「もしそうでなければどうなると思う」と尋ねられました。神聖な山がハイカーだらけになることを思えば、この方がいいことは確かです・・・。

これを書いていて、ようやくピンときました。加波山神社で親切にしてくださった方は、私と出身地が近かったので、この方とカルマ的な関係だったのだなと思います。



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★6月21日「能を鑑賞しました」

鎌倉芸術館で、能を初体験しました。演目は「高砂」。この題にちょっと惹かれました。実家の近くですから。しかも高砂神社では、以前に素晴らしいお迎えをいただきまして、ご祭神は須佐之男命でした。結婚式で有名な「高砂や〜」というのが見られるのかな、くらいの気持でしたが、はっきり言いまして、あまりにも素晴らしかったのです。気に入りまくりました。はまりそうです。もうはまったかもしれません。

能と狂言はいつもペアだそうで、先に狂言がありました。狂言って何?何も知らずに見ましたが、ほーほー、なるほど、前座だね、お笑いでした。この程度の昔言葉だったら、何とか普通に理解できますし、今も昔も笑いのツボは、あまり変わらないんだなあと感心しました。

休憩の後、本番の能が始まりました。鼓2人と小さな太鼓で合計3人の演奏もつきまして、聴き入っていましたが、演奏はまあまあ。脇役の方たちの声や演技もまあまあでした。

能では主役のことを「シテ」と呼ぶらしく、高砂ではシテは老人の役。お面をつけて出てきたその姿はもう、これ以上ないエレガントさでした。衣装と能面だけでも美、そのものでした。一歩一歩が、一つ一つの動作が芸術でした。実際は私とそう変わらない年齢の方にもかかわらず、本当の老人に思える演技でした。ああ、あの方は男性なんです・・・うそみたい。

しかし・・・この能は世阿弥の作だそうですが、途中が退屈で苦痛でした。だって、役者が全く動かずに向き合って立ったまま、セリフをゆーっくり話すだけという場面がしばらく続きます。しかも、お面をつけて話されると声がこもって、ただでさえ聞き取りにくい昔の言葉が、何を言っているのかわからなくて眠くなりました。

その眠さを何とか越えると、だんだんと動きが出てきて、「高砂や〜」の歌もありました。そして最後は実はシテの老人が本性を見せて、大阪の住吉神社の神となり、舞を舞って終わるのですが、この舞が典雅で美の極致、芸術の極みでした。何と言う素晴らしさ、もっと歩いて〜〜、ずーっと踊り続けて〜〜と思いました。

歌舞伎でずっこけたので、正直、それほど期待していなかったのですが、これを今まで知らずに生きてきたことが残念に思えるほど、気に入りました。日本人って、すごい!すごい〜!なぜこれを学校でもっと知らせない?外国に媚びるばっかりで自国の文化をおざなりにして!ピアノやオルガンだけじゃなく、琴や三味線を置いてヒチリキを教えるが当たり前でしょう!くやしくなってきました。

初めて見た能が、実は高砂神社と住吉神社の神様のお話だったとは、しかも神様の舞までついて、前から3番目で見られて、何だか「ようこそ」とお迎えくださったみたいでうれしいです。



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★6月14日「東口本宮浅間神社、河口本宮浅間神社、甲斐国一宮浅間神社、根本宮村山浅間神社、御殿場口浅間神社」

富士山のふもとの、色々な浅間神社へ参拝しました。東口本宮浅間神社(ひがしぐちほんぐうせんげんじんじゃ)は、東口登山口にあります。立派な由緒ある神社という感じでした。ライトアップの設備がありました。

河口本宮浅間神社(かわぐちほんぐうせんげんじんじゃ)も、杉の立派な大木があり、境内の雰囲気も堂々としていました。ここも、富士登山口のひとつになっています。

ついでに、甲斐国一宮の浅間神社(あさまじんじゃ)にも参拝しました。ここも他もご祭神は木花咲耶姫命(このはなさくやひめのみこと)ですが、随分と雰囲気が違います。先ほどの2ヶ所が堂々としたたたずまいだったのにくらべ、こちらは品格は劣りませんが、何かとても親しげな感じ・・・。祈っていると、拝殿の畳の上に寝転んだら気持ちが良さそうだなあと、何度も思わずにいらせませんでした。甲斐之国と自分のご縁はわからなかったので、恐る恐るの参拝でしたが、親戚の家を訪ねたような心地よさだったので、安心しました。

根本宮村山浅間神社(こんぽんぐうむらやませんげんじんじゃ)も、村山登山口にあります。ここは、富士修験の中心になっていたそうですが、今は面影がありません・・・。

最後に御殿場口浅間神社(ごてんばぐちせんげんじんじゃ)に参拝しました。拝殿の前には、高校生のカップルが座り込んで
いましたが、構わず祈り始めました。しかし彼らも目の前で遠慮なく話しているので、「すみませんけれど、少し離れてもらえますか」と言って移動してもらいました。

こういうことがあるということは、こことの関係は良くないかもと思いましたが、この一件で多少のカルマが消えたらしく、気持ちよく参拝でき、参拝後は気分がすっきりしていました。

それにしても、南口登山口の富士山本宮浅間神社が隆盛で、北口本宮浅間神社はその次に勢いがありますが、その他の浅間神社も本来同等なのではと思いますが(違うのかな?)雰囲気のさびれ方は、ちょっと悲しく思いました。



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小富士
★6月7日「身延山(みのぶさん)久遠寺(くおんじ)と小富士」

日蓮宗の総本山、山梨県身延山の久遠寺に参拝しました。寺門を入ると杉並木に迎えられ、荘厳な雰囲気です。しかし・・・前方に見えてきたのは、ものすごい階段。終点が見えていますから、まあ何とかなりそうだと登りました。段差のある急な階段で、285段でした。下では「これ登るの〜」上では「これ降りるの〜」という言葉が飛び交っていました。昨日も今日も、筋肉痛でつらいです。

本堂の中で祈るためには、少し遠回りをしなくてはならず、本当に入りたい人だけが入るので、静かに祈ることが出来ました。正座するまでは「よく来た」と暖かな感じがするんですが、祈った感じはあまり大きな反応はありませんでした。

ロープウェーで山頂へ移動して、奥の院でも祈りました。ここには「観光目的の方は昇殿をひかえてください」と書かれていて、やはり静かに祈ることが出来、ありがたかったです。ここでも、良い雰囲気なんですが、祈りそのものは何もなく終わりました。なーるほど・・・今まで日蓮宗のお寺でいつも本当に良い感じで迎えていただけたことの方が、私には不思議だったので、総本山では全国の日蓮宗へのカルマの反応が出て、当然の反応だなと思いました。足利将軍は、日蓮宗の僧に対し、様々な弾圧を加えたのですから。

日蓮上人の御陵にも参拝しました。こちらは、比較的良い感じでした。何かお話もしました。「自分は国のために祈ったが、信者は自分のためだけに祈る者が多い」というようなことを話されました。

久遠寺は富士山の真西に位置しています。そこから、富士山の真東まで半周しました。参拝の順序は、以前氷川神社の須佐之男命に簡単な回り方を教えてもらったので、その方法をずっと使って決めています。同行の夫は久遠寺で腹痛がしたらしく、私は参拝後の移動中、頭痛がしていましたが、途中山中湖でお昼ご飯を食べると、元気になって体調は回復しました。

ふじあざみラインを使い、東口5合目まで上がりました。目の前にきれいに富士山が見えていたかと思うと、1分後にはキリで完全に隠れ、しばらくするとまたすっきり晴れるというような感じでした。目的地は古御岳(こみたけ)神社だったんですが、少し山道を入ってもすぐには現れないので、心配になってもどり、売店のおばさんに聞いてみました。すると、歩いてすぐだよと教えてもらい、上着を持ってきていなかった夫にはんてんを貸してくださいました。(富士山に来るのに、上着を持ってきてないとは!)

それで気をとりなおしてまた山道を入っていきましたが、5分ほどで着くはずが、なかなか到着しません。そのままずんずん歩いて行くと、小富士に到着してしまいました。道を間違ったのです。でも、そこは素晴らしい場所でした!小富士山頂には石が積み上げられ、ほこらがあって、富士山が目の前に広がり、ほこらから富士山に向かって祈ることができました。何という圧倒的な爽快感!

ほこらには大日如来と書かれていました。祈っていると、かなり以前富士宮の富士山本宮富士浅間神社で祈った時に見えたのと同じ、白い衣装の人たちが富士上空を、手をつないで輪になって飛んでいる姿が見えました。楽しそうに、笑いながら富士山を守っていました。それを見ると、何かがとてもうまくいってる、と思えました。全身くまなくエネルギーで満たされ、もう満タンであふれかえっているような感覚になりました。

売店にもどると、やはり道が違っていたと教わりました。でももう、夕方になったので、ほんの5分で行けるところでも、次回にすることにしました。この場所が好きになったので、また来ると思うとうれしいですし。売店のおばさんに、近くにあるはずの小室浅間神社はどこですか、と聞いてみたら、もう神様の御魂は麓の浅間神社に移されたそうで、浅間神社のパンフレットをくださいました。

そのパンフレットを、帰ってきてからよくよく読んでいると、いろいろなことがわかってきました。富士浅間五社というものがあること、その他にも富士修験の中心となった浅間神社もあること、それらの浅間神社は、富士本宮や北口本宮とはまた別の系統であることがわかりました。私はこの2社が浅間神社の中心で、他は全部この2社の分社だと思っていたのでした。先に麓に参拝して、5合目に参拝するのが順序だったんだ、それで今日は参拝できなかったんだ。でもそれをちゃんとこうして教えてくれた・・・。まだこれからしばらく、富士山通いは続きそうで、楽しくなってきました。魅せられてしまうかも・・・。

久しぶりに波動調整で、今朝起きるのが大変でした。今も眠くてだるいです。大きな浄化や霊的変化があると、身体が追いつこうとして、こんな風になります。



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★6月1日「鎌倉攻めのご縁の方から」

鎌倉攻めにご縁のある方で、いつもお手紙を下さる方が、和太鼓でファンの方がいらっしゃり、その方が鎌倉で演奏をされるそうだということを書かれていました。鎌倉なら、近いので見に行ってみようかなと思い、開催場所の鎌倉芸術館をインターネットで調べてみました。

するとなんと、私が先日演奏者本人の病気の為、聴くことが出来なくなってしまったマルタ・アルゲリッチの公演が、そこで行われることが書いてあり、しかもチケットの発売が明日からとなっていました。アルゲリッチは、もう15年以上も前から一度は聴きたいと思い続けてきた人でした。

太鼓のコンサートについては、インターネットには出ていませんでしたが、会場で直接尋ねてみることにして、翌日、鎌倉芸術館へ出かけ、アルゲリッチと和太鼓のチケットを入手しました。本当にうれしくて、何なのこれは!と歓喜です。このごろ、みなさんとのシンクロが増えている気がします。それだけでなく、いろいろなことが起こるようになりました。今回のことも、その一部のようです。

和太鼓のコンサートは、先日の金曜日、お仕事が終わってすぐに見に行きました。今、和太鼓でこんなことをしている人たちがいるのかと感心しましたが、私の耳にはもうひとひねり、または深みが欲しいと思いました。目的の方はゲスト出演で、リーダーではなかったので、いまいちよくわかりませんでしたが、やはりその方の方が、内容はいいのかもしれないと思いました。




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★5月26日「忘れ物の財布」

数日前、スーパーのトイレに手提げの忘れ物があるのに気づき、中に財布も入っているのが見てすぐにわかったので、お店に届けました。その後、すぐに館内放送で呼び出され、持ち主の方にお礼を言われました。60歳前後の女性でしたが、5千円札を差し出してくださるんですが、私も「お互い様なので」と受け取る気になれず、押し問答が続きました。

それでふと「お住まいはどちらですか」と尋ねてみたら「片瀬です」と答えられました。片瀬は江ノ島神社の対岸です。「それでは、このお金はこのまま江ノ島神社に奉納させていただきますね」ということで、やっと話は終わりました。

2日後、約束通り、江ノ島神社へ参拝してあの5千円札を納めてきました。あの方が、神様とご縁がありますように、良いことがありますようにと祈りました。

そして自宅へ帰ると、葉書が届いていました。財布を届けたことへのお礼で、あの時聞かなかった名前が書いてあり、「○○龍子」さんだそうです。驚きました。何でしょうねえ、ご本人はご存知ないけれど、弁天さんにとても守護されている方なのかもしれません。ご住所は書かれていなかったので、お返事は書けませんでした。



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★5月17日「富士山本宮浅間神社、北口本宮富士浅間神社、小御岳神社」

富士の祈りは、まだ続いています。富士山本宮浅間神社へ、桜の季節以外に参拝したのは、初めてかもしれません。ご祭神は、木花咲耶姫命。

祈り始めると、お宮参りの祈祷で太鼓が始まり、ほの暖かく優しい気持ちに包まれる感じがしました。そうそう、いつもこんなぽかぽかな迎え方をしてくださいます。祈っていると、赤っぽい勾玉のような形のものが見えてきて、勾玉だなと思いました。

参拝の後、社務所をのぞいてみたら、さっき見えたものは勾玉ではなくて、赤いおくるみにくるまれた赤ちゃんの形をした「子授け・安産」のお守りだったことがわかって、いつもながら、おかしくなってしまいました。形や色はわかっても、質感がわからないんですねえ。私はもう子供はいりませんが、自分の中に何か新しいものが生まれてくるという意味でしょうから、そのお守りを求めました。示し合わせたように、また根付でした。

次に、北口本宮富士浅間神社へ回りました。この2つの浅間神社は、富士山の裏鬼門と鬼門に鎮座しています。裏鬼門の富士山本宮浅間神社は、明るくて陽性の感じ、北口本宮の方は陰性の感じがします。物事は、陰性の方が精神であり、より重要です。日本列島では日本海側、人で言えば背骨です。

北口本宮富士浅間神社は、気温も先の神社よりも低めでした。ここで祈ると、いつも何か喜びと悲しみが入り混じったような、複雑な感じを受けます。

2ヶ所の浅間神社で祈った後、まだ時間があったので、車で富士山へも登ることにしました。富士スバルラインの終点、5合目にある、小御岳(こみたけ)神社を目指します。

大好きな山のドライブでしたが、カーブを速めに回ろうとすると、先日のサーキット走行で経験した、横Gのみじめな不快感がよみがえり、アレルギーみたいな吐きそうな感覚になるので、ゆっくり登りました。5合目は、思ったほどは寒くはありませんでした。

小御岳神社のご祭神は、磐長姫命(いわながひめのみこと)です。ここへの参拝は確か、3回目だったと思います。祈り始めてすぐから、ウルウルと来るものがあり、祈りの中盤から涙があふれて、何度も祈りが止まりました。「ありがとう」という想いが伝わってきます。磐長姫さんに祈って、こんなに歓迎していただけたのは、初めてです。最後に祈りの言葉を申し上げると、またどっと涙があふれ、しばらくの間おいおいと泣いていました。すぐ横に神職の方がいらっしゃって、その目の前でも私は全然平気でしたが、驚かれたかもしれません。

ここでは、お札をいただいて帰りました。磐長姫さんとのご縁の始まり・・・とてもうれしいです。だって、私は石を取り扱っているではありませんか。今まで、密かな尊敬と憧れを感じていた神様でもあります。さっきいただいた、赤ちゃんのお守りは、このご縁のことだったのかもしれません。華やかな木花咲耶姫さんと、地味な磐長姫さんはまた一つの陽と陰であり、今の世は陽性に偏っていて、これからの時代は、陰のエネルギーがもっと必要なんです。それを、木花咲耶姫さんも応援してくれているんですね。



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江ノ島神社竜宮社
★5月5日「江ノ島神社」

長男が「そう言えば、しばらく江ノ島神社に行ってない・・・」と言うので、高校受験のお礼参りに参拝しました。ゴールデンウィーク最後の休みで、江ノ島前交差点から島内まで、いつもは1分のところ、20分ほどかかりました。こういう時に、地元民は行かないんですよね。

私がはじめて江ノ島神社に参拝したのも、7〜8年前のゴールデンウィークでした。その日は、鎌倉鶴岡八幡宮から江ノ島神社まで、裏道も車がつながっていて、今まで見たうちで最高の渋滞でした。そんな日に、参拝させられたんですね。参拝の反応は、他のどの神社よりもすごい、3日間続いた頭痛でした。その時、今のように安心しきっている自分は想像できませんでした。

辺津宮に、琵琶が奉納されていました。あれは、前からあったっけ・・・いや、なかったはず。身体をぐるぐる回されて、エネルギーを入れていただきました。

長男は、江ノ島神社のお守りを洗濯機で回してしまったので(我が家は、洗濯はセルフサービス)、新しいものをいただきました。洗濯しても大丈夫なようになのか、ビニール製にしていました。古い方は忘れてきていました!

夫は、新しいバイクにつけるのだと言って、交通安全のステッカーをいただいていました。私は、来宮神社でバイク用をいただくつもりです。

中津宮で何か言われたかも。うううーー、いや、見守っていただいていただけでした。たぶん。

奥津宮で、何か言われたかなあ〜、うーん、思い出せない。

竜宮社は開いていました。中に入っても、いつもの霊気はあまり感じませんでした。このくらい人が多くなると、いくら竜宮社でもだめなんだなと思いました。

竜宮社近くの社務所も、この日は開いていました。ここにあるかも・・・竜宮社のお守りかお札が・・・と探すと、ありました!お札でした!迷わずそれをいただいて帰りました。うれしい!



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★4月23日「修善寺・箱根元宮・三島大社」

21日から3日間、午前中に、修善寺・箱根元宮・三島大社へ往復しました。

3ヶ所とも、まだ問題ありという感じで、私は伊豆ではあまり良いご縁ではないみたいです。伊豆で大歓迎を受けるのは、来宮神社だけかもしれません。伊豆は、基本的に事代主命の土地であるということが関係しているのか、源頼朝が流刑された土地だからか、我が家の先祖かもしれない頼朝の恋人が自殺した土地だからか、足利家が住んだからか、他に理由があるのか・・・。

修善寺では、本堂で祈ってから、源頼家のお墓参りをしました。

箱根元宮では、お天気が良くて、絶景でした。祈っていると、金色の小さな(50センチ位)龍が見えました。ロープウェイの駅近くで買った、ベーカリーのパンがとてもおいしくて、気に入っちゃいました。

3日とも、ターンパイク経由で行き、三島大社へも、今回初めて1号線を通って行ってみました。1号線の芦ノ湖〜三島間って、ワインディングでめちゃめちゃ楽しくて、びっくりしました。



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★4月16日「江ノ島神社」

バイクでの目的地に選んで、参拝してきました。平日の午前中は、まあまあ空いていますが、観光客の途切れることはありません。

辺津宮で祈っていると、祈ららの会員の方が奉納されたお酒が、一番前に置いてありました。参拝は、いつも通りの、落ち着いた感覚です。

気温が高くて暑く、上着を脱ぎ、缶ジュースを飲みながら歩きました。中津宮、奥津宮と、いつもと変わりない感じでした。

そして竜宮社。石で作った洞窟の入り口に、竜のオブジェがおどけた感じで、「何だ、くだらない」と思うのか、いわゆる江ノ島の三社ではないからか、たくさんの人が参拝せずに通り過ぎます。でも私はここが、一番好き。

平日なので中へは入れませんが、洞窟内部から、マイナスイオンいっぱいの空気が外へ流れ出てきて、本当にいい気持ちです。相手の神様が、女神様ではないことはわかりますが、正確には誰だかわかりません。

祈っていると霊心体が浄化され、爽快です。いつも、いろいろなお話もできます。これからどうしていくのか、ということを質問され、お話しました。

江ノ島の3つのお社と、こことの関係はどうなっているのか、3女神とここの龍神との関係は?不思議に思います。

竜宮社のお守りが欲しいんですが、社務所にあるものは、龍神と弁才天を同一としているものばかり。どう考えても、違うんだけどなあ。それで、今うちにある江ノ島神社のお札だけでいいことにしました。




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★4月9日「北条時行公周辺の供養が終了しました」

このお仕事をはじめてから、すっかり祈りのペースが落ちました。人のことばかりで、自分のことが亀の歩みです。北条時行公の供養も、随分長くかかりましたが、時行公本人とその周辺の方々も、供養が終了しました。

自宅での供養は、最後の数回前から女性が正座してお経を受け取ってくれていました。静かに聴いてくれながらも、悲しみが伝わってきました。

最後の前の回では、私のお経の読み方が変わりました。のどが痛まない、楽な声の出し方になりました。

最後の供養の日、読経の声は楽々で、霊的な身体がマッサージを受けているようにいい気持ちでした。今日で終わりだと、始める前からわかっていました。だって、供養が楽しみで仕方がなかったからです。

阿弥陀経のところどころで、波のように涙がこみ上げました。

供養が終了し、今日は、午前中に江ノ島前の龍口寺(りゅうこうじ)に参拝しました。時行公は龍の口(たつのくち)で処刑されています。鎌倉時代、龍の口は処刑場でした。その場所に、日蓮宗の聖地、龍口寺があります。

本当は、北条時行公のお墓参りをしたいのですが、調べても見つからないので、ここへ参拝しました。いつかどこかにあることがわかれば、全国どこでも必ず参拝したいと思っています。

涙でお経が唱えられなくなりそうですが、ぐっと我慢・・・龍口寺では、というよりも日蓮宗のお寺ではいつも、こんな感じです。日蓮さん、ありがとう。

次の供養は、もう始めています。諏訪一族です。




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★3月21日「再び、大山寺(おおやまでら)に参拝しました」

午前中に往復しました。バイクで行こうと思っていたんですが、朝起きたら寒かったので、車にしました。

大山阿夫利神社では、祈り始めると太鼓が鳴りました。こういうのは、歓迎なんですよ。でも、ちょっと儀礼的な歓迎の仕方です。大歓迎っていう時は、やっぱり、涙々ですね・・・。

大山寺でも、祈り始めると、お坊さんの読経や太鼓が始まり、ほら貝を吹いていたので、びっくりしました。周りがにぎやかだと、あまり遠慮せずに読経できて、うれしいです。

今日の参拝の目的は、お不動さんの姿絵をいただくことです。こげ茶色のお不動さんが、目の前に立ってくれているのがわかります。
「遅かったな」
「はい、すみません」
「守らせてもらうぞ」
「よろしくお願いします」
「戦争が起こっているんです」
「そのままの心持で良い」
などと話しました。

参拝が終わって、弘法大師堂に祈ると、
「その絵を大切にするように、自分が魂入れをする」
と伝わってきて、すぐに終わったようでした。

いただいた姿絵は、予定の場所には貼り付けることが出来ませんでした。壁に画鋲が刺さらなかったんです。(私はいつも、姿絵にはセロテープをスミにつけて、セロテープの部分を画鋲で止めています)それで、スチール製引き出しの横にマグネットで付けました。

神社のお札よりも向かって右側になってしまいましたが、仕方がありません。それだけ強いご意志で守護してくださるのかもと思いました。神様たちは結構遠慮がちだったりするのに、お不動さんは積極的だなあ。お不動さんのイメージって、「おやじさん」っていう感じです。

今回、大山寺が、関東36不動第一番霊場だと知りました。びっくり〜。でも、本当にいい所です!



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★ 3月14日「伊豆山神社と来宮神社に参拝しました」

午前中に車で、熱海へ出かけました。西湘バイパスへたどり着くまで1時間かかったので、どうなることかと思いましたが、大磯から熱海までは30分でした。

伊豆山(いずさん)神社のすぐ側まで来ているのに、道に迷ってぐるぐる。適当に走って、いつもとは違う道で到着しました。迷うところは、ご縁のあるところが多いんですよ。

うーん、いい感じだ!参道の神変大菩薩さん(役行者=えんのぎょうじゃ=えんのおずぬ。修験道の開祖)、いつもありがとうございます。修験の神社仏閣では、どこでも大抵相性がいいのは、私の魂が修験に関わりがあるからなんだろうなと思います。私の祈り方は、修験とほとんど同じですしね。

ご祭神は、火牟須比命(ホムスビノミコト)、伊邪那伎命(イザナギノミコト)伊邪那美命(イザナミノミコト)。本殿で祈ると、はじめにちょっと泣けてきましたが、最初に泣いては困ると思って、がんばりました。祈るうちに、金色の縦長のものが見えてきました。

祈った後、社務所で見えたものと似たお守りをいただきました。境内で缶コーヒーを飲みながら、さっそくお守りホルダーに着けました。こういう根付のお守りがもう、15個ぐらいもあって、リュックのポケットから取り出しただけで、たくさんの鈴がシャラシャラと鳴ります。

この鈴たちは、普段は小さな音で鳴るように、リュックの中で抑えるようにしていますが、山に入る時などには、護身用に、もっと大きな音で鳴るように位置を変えるんです。

お札やお守りが欲しくなってしまうのを、かなり力を使って我慢してきましたが、もうそれもしんどくなって、お守りはいくらでもいただいてもいいと決めました。

そうすると不思議と、私のところへやってくるのは根付ばかりになりました。好みとしては、すぐに切れそうで好きではなかったんですが、神様って、根付が好きなんでしょうか。

次に、来宮(きのみや)神社へ参拝しました。境内へ踏み入ると、素晴らしい神気が満ちています。あまりの素晴らしさに、さっきの伊豆山神社がかすんでしまいます。それは本当に残念ですが・・・。

境内はそれほど広いところではありません。田舎の鎮守の神社なら、このくらいのところはたくさんあります。それなのに、この生き生きした感じは何なんだろう。

来宮神社に参拝するのは5回目ぐらいで、いつも明るく迎えてくれます。ご祭神は、大己貴命(オオナムチノミコト=大国主命)、五十猛命(イソタケルノミコト、須佐之男命の子)、日本武尊(ヤマトタケルノミコト)です。歓迎されるのは、日本武尊からなのかな〜、そうだろうね。

参拝をはじめると、ふわっと優しい空気に包まれます。祈りの言葉は、自然に気持ちよくスピードアップします。

「もっと頼りにしてほしい」と伝わってきました。そうします、ありがとう。と思ったことを、今の今まで忘れていました。思い出して良かった、でもまた忘れそう・・・。

日本武尊との関係が良いほど、熱田神宮とうまくいかなくなってしまったことを思い出さずにはいられません。熱田神宮の眷属さん達と和解しなければいけないからと、私が祈ろうとすると、日本武尊が、必要ないと言います。私が関東に住んでいるから、名古屋のことは後回しなのかもしれません。

そして、白い紙か布に、赤と黄色の紐のついたものが見えました。これはお札かなと思いましたが、社務所をのぞくと、それは交通安全のお守りだったので、苦笑いしてしまいました。

他に、似たものが見当たらないので、そのお守りを求めましたが、別の場所にあった「砂守り」を見たら、これだと思いました。これだ・・・でももう、今日はいいや、忘れられなかったら次回にいただこうと決めて、交通安全のお守りだけ、いただいて帰りました。本当はこっちかもしれないし。このお守りは、石上(いそのかみ)神宮のお守りと一緒に、車のドアポケットに納まっています。

根付ではない、他のものをいただく神社仏閣は、もっと強く守護してくださろうとしているみたいです。これは私だけのことなのかもしれませんが。

帰りは1時間でした。熱海までも、午前中に往復できるとは知らなかった、うれしいなあ。これからもっと行こうっと。

ところで、15日は、東京ドームでローリングストーンズのライブを見てきました。夫が好きだというので。彼らはチャーミングなエンターテイナーでした。

問題なのは、夫の発言です。
「周りの人が見たら、あの人はミック・ジャガーが好きだから、ミック・ジャガーがちょっと入った人を選んだんだなって思うよ。」

何い〜!?失礼な!!(すいません)






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★3月2日「大山阿夫利神社と大山寺に参拝しました」

バイクで、大山へ行ってきました。もうとにかく、山の大渋滞でエンストの嵐で、嫌になりました。

バイク用のブーツを履いていたので、歩くのも歩きにくいし、靴下が厚めだったために、靴ずれもしてしまいました。

山はいいお天気で、神社の拝殿前から、江ノ島も三浦半島もよく見えました。

大山阿夫利神社のご祭神は、大山祇命(おおやまづみのみこと。山の神)、大雷命(おおいかづちのみこと。雷の神)、高寵命(たかおかみのみこと。山の龍神)です。

参拝では、富士山の女神、木花咲耶姫命の父神である大山祇命に、主に祈りました。

参拝の後、以前いただいたお守りと同じ、新しいお守りをいただいて、古いものは納めてきました。

次に神社よりも下の方にある、大山寺に参拝しました。ご本尊は、不動明王です。ここのお不動さんは国宝で、以前、偶然にご開帳の日に参拝できましたが、この日は扉は閉まっていました。

それでもブーツを脱いで上がらせていただき、ゆっくりと祈ることができました。祈っていると、お不動さんの姿絵が、見えてきました。壁などに貼る姿絵だな、と思いました。

祈り終わってから、姿絵を探すと、お守りなどと共に置いてありましたが、思ったよりもサイズが大きいんです。この大きな絵を、どこに貼るのか・・・悩んでいると、お不動さんの写真でできたカードを見つけました。

それで、カードの方をいただいて帰ったのですが、帰ってから何か違う感じがするんです。

お不動さんは、持ち物の中ではなくて、自宅でいつも見えるところで、守って下さろうとしたのかなあ・・・。また大山寺へ参拝して、あの姿絵をいただいてこようと思いました。




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★ 3月1日「雲見浅間神社に参拝しました」

西伊豆の、雲見浅間神社へ参拝しました。お天気が悪く、有料道路はどこも空いていたので、伊豆へ行く時には雨の日がいいなあと思いました。それでも、到着まで4時間でした。

参道の階段は川のようになっていて、もっと雨が強くなると滝のようになりそうでした。

5分ほどで、ふもとの里宮に到着。里宮があるのを忘れていました。さらに15分ほどの、山頂の奥宮まで行くつもりでいましたが、雨も降っていることだし、里宮だけの参拝に変えました。

お正月の白浜神社は、「富士の祈り」のスタートでした。次は箱根神社でした。3番目がここです。

神々様のご神業が滞りなく進められますように、人々にとっての大難を小難にまつり替えていただけますように、という祈りです。神々様のご神業とは、富士山の噴火のことです。

富士山は、人々のカルマを熱で浄化しようとして活動します。たくさんの人が、自分を浄化することで、このエネルギーはいくらか小さくなるのかもしれません。

「次は、修善寺と伊豆山神社、どちらに行けばよろしいでしょうか」と尋ねると、「伊豆山」と伝わってきましたので、いずれ伊豆山神社へ、参拝します。



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★2月21日「箱根神社に参拝しました」

21日の金曜日はいいお天気で、どこか行きたいなあと思いつつ朝食を食べ、9時になってから急に箱根に行きたい!と思いつき、9時半から出かけました。

西湘バイパスと箱根ターンパイク経由で、箱根神社に着いたのは11時でした。

まず本殿で祈ります。人がいるので声を出さずに祈りました。まあまあいい感じ。お参りの後、宮司さんが書かれた、龍神物語という本と、九頭龍さんのお守りを求めました。

それから、隣に新しくできた九頭龍社で祈りました。ここはお参りする人が本殿よりも少ないので、声を出して祈りました。般若心経を唱えていると、泣けてきました。少しお話をしていると、とても強くエネルギーを入れて下さいました。

九頭龍社の後ろにある御神水は、とてもおいしかったです。

車に乗っていると、このまま箱根まで行ってしまいたいと思うことがしょっ中です。どうして箱根に惹かれるのかと思っていましたが、たぶん九頭龍さんがいるからなんだなと思いました。

参拝は30分ほどで、家に帰り着いたのは12時半ごろでした。一部渋滞していても午前中に参拝をして往復できることがわかったので、これからも行きたいと思います。

この日は夜まで気分爽快でした。神社でいっぱい浄化していただけたんだなと思いました。




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★ 2月20日「北条時行の供養、3段階目」

うーん、不思議!この日記を書こうとしていて気づきましたが、本文の日付も、前の号からちょうどひと月なんですね〜。

ひと月後の2月20日、北条時行の3段階目の供養が、4回目で終わりました。調子よく3回目まで進んだと思ったら、風邪ひきです。

よく供養をしていると、その反応でたびたび体調を崩します。供養している相手の想いを受けているからだとわかっているので、自分は気にしませんが、周囲の人から「よく体調がおかしくなる人だ」と思われるのは、つらいです。

供養で体調が悪い時は、気持ちは元気はつらつですから、身体のせいで供養の続きができないことが、残念で仕方がありません。

風邪が治って、「この相手は相当怒ってるなあ」と、あきらめながら4回目の供養をはじめました。どんなに怒っていても、いつまでも供養し続けるぞと思いながら阿弥陀経を読んでいると、涙腺がゆるんできました。

「あなたは私たちのことを、よくは知らない。私たちの悲しみを、わからない。」と伝わってきます。

「今まで、知ろうとして努力はしたけど、資料がみつからなかったんです。でも、必ず見つけてあなたたちの心を知ってあげる。」と伝えると、涙でお経が読めなくなりました。

もっと長く続ける必要があるかと思いましたが、昔の人は素直というか、供養も結構ちゃんと受け入れてくれます。供養中は、相手の気持ちと自分の気持ちが重なり合っていますから、お互いにお互いの気持ちが手に取るようにわかります。そうすると、昔の人のけなげさに、いつも感動してしまいます。

北条時行公の供養は、まだ続きます!




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★ 1月20日「北条家の供養」

まだまだ北条家の供養は続いています。相変わらず、なかなか進まない供養です。きのうは、まだ風邪が治りきっていませんでしたが、供養したくなりました。

始める前から気持ちがうきうき、会いたい人に会いに行く時のような気分でした。こんな風になる時は、供養する相手が歓迎してくれているんです。

そして、たまたま目の前にあった、阿弥陀経を読み始めました。目の前にあるということは、これがいいという、相手の希望でしょうからね。少し読み進むと、ぱっと頭の中が真っ白になって、涙ぐんできました。

ああ、今日が和解の日なんだね・・・でも、今泣いてしまったら、阿弥陀経を読み終わるのがいつになるか(阿弥陀経は、ちょっと長い)わからないよ、まずいな〜と思っていると、涙が止まりました。そのまま最後の方までお経を読み、さあ、あと少しでおしまいというところで、涙が流れてきました。ここまでがまんしてくれてたんですね〜。

恨まれていた相手と心が解け合う時、それは私にとって、人生上で最高の瞬間のひとつです。神との交流にも、少し勝ります。

これまで、たくさんの和解した相手が、心から愛しい相手になりました。その名前を思い出すと、和解の瞬間と同じ気持ちが沸き起こって、涙が流れます。平家の人々、南朝の人々、その他の人々・・・その人々を守護した神仏・・。

人も神仏も、和解できないことは一度もありませんでした。供養を通じて、人の心の温かさを知り、心から信じるようになりました。

供養が終わり、後片付けをして、出かけるために車に乗ってアイドリングをしていると、鎌倉の宝戒寺を思い出して、涙がどっとあふれてきました。何を泣いているのかわからないまま、涙が止まりませんでした。宝戒寺(後醍醐天皇と足利尊氏が、北条家の菩提を弔うために建立した寺)のご本尊様の涙だったのかもしれません。

北条家の供養は、まだ続きます。



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白浜神社
★ 1月3日「白浜神社」

今年の初詣は例年通り、一番近くの鎮守の神社でした。神社へ着くと、お隣のお寺の扉が、いつもは閉まっているのに開いていて、中に入れるようになっていました。それで本堂へ上がりこんで、お参りさせていただきました。

ご本尊はと見てみれば、あらら、わかりません。真言宗のお寺だということは知っていましたが、大日如来でも不動明王でもなく、ううーん。仏様好きの長男に「あれ誰?」と聞いてみましたが「わからない」と言います。何となく観音様のような感じがして、観音様だったら聖観音にしておけばいいやと、聖観音の真言を唱えて終わりにしました。

次に神社に参拝して帰ろうとしたら、お寺の扉がもう閉まっていました。ちゃんと参拝させてくださったんですね、どなただかわからなかったけど、ご本尊様、ありがとう!

3日には、箱根駅伝を反対車線で横に見ながら伊豆へ向かい、下田の手前、伊豆一ノ宮の白浜神社へ参拝しました。ご祭神は伊古奈姫命(いこなひめのみこと)で、事代主命(ことしろぬしのみこと。えびす様)の妻神です。

事代主命は黒潮に乗って白浜に上陸、伊古奈姫命を妻にめとって住みました。伊豆の島々を作った後に、島ごとに妻を置いたそうです。

白浜神社への参拝は、確か2度目か3度目です。拝殿で参拝していても、ぴんとくるものがありませんでした。それなのになぜ、ここに来たかったのか、よくわかりませんでした。必ずお守りをいただいて帰るつもりだったのに、気持ちが盛り上がりません。

参拝の後、ふと見ると拝殿の隣に鳥居があり、「本殿」と書いてあります。鳥居をくぐって階段を上がると、拝殿の裏山の本殿で参拝できるようになっていました。もしかしたらここは、お正月などの特別な時にしかお参りができないのでしょうか。以前の参拝は、拝殿だけでした。

本殿で祈っていると、伊豆の海からエネルギーが富士山へ向かって伸びていき、富士山から伊豆の海へ向かってエネルギーが伸びていく姿が思い浮かびました。その二つのエネルギーが、それぞれ白浜に集まってから放射されています。

「今日、どうして私はここに来たんですか」と尋ねても教えていただけません。にこにこと笑っていらっしゃる女神様の存在感がわかるだけです。

今回は、今まで知らなかった重要な場所で参拝でき、うれしくなりました。

社務所で、さっき見えたものに似たものを探すと、縁結びのお守りを見て、これだなあと思い、いただいてきました。お守りのハートの形は、白浜に集まって放射されるエネルギーの形とそっくりで、笑いたくなるほどでした。二つのエネルギーが交わる場所。白浜神社のご利益は縁結びですしね。

いつもはあちこちの神社に参拝するのに、今回は白浜神社にしか関心がありませんでした。その理由は、出発するとすぐにわかりました。ものすごい渋滞で、他へ寄る時間の余裕などありませんでした。



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2003.1.2 稲村ガ崎から江ノ島と富士山

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