■■■ 紫野ひかりの日記・2004年 ■■■



2000年の日記へ 2001年の日記へ 2002年の日記へ 2003年の日記へ
2005年の日記へ 2006年の日記へ 2007年〜の日記へ

URLはリンクしていませんので、コピー&ペーストしてください

★12月19日「大物主さんの言葉」

「動物のいる生活は良いものである。人は、動物と共に生活していくと良い。動物は人の身代わりになって、不浄を受ける。人は動物によって、不浄を受けずにすむ。石も同じことである。

動物も石も、人の身代わりになることで、徳を増やしていく。人を助けることが、他の生き物にとって大きな徳になるのである。」



今日の日記が、何かしら心に残ったようでしたら、1クリックのご協力をいただけると幸いです。
精神世界ランキング


★12月15日「鎌倉宮(大塔宮)」

ずっと行きたかった鎌倉宮へ、急に時間ができたので行ってきました。鎌倉を、少しずつまた回りたくなっているんです。ひと通りは供養しましたが、その後も折をみて参拝したり供養したりを、近くに住んでいる限り、ずっと続けたいと思います。

前回からは1年以上間が開きましたから、少し緊張ぎみでした。拝殿前には祈願を書いたお札のようなものがどっさり積まれていたので、そのお札の山をさけて、ずれて祈りました。

末社を造営か修復していて、大工さんたちが大声で話しています。今日は歓迎されないんだなと、短く終わろうとすると、「続けて」と伝わってきました。それでそのまま祈り続けると、すぐに大工さんのひとりがいなくなり、静かになりました。

そこからは祈りに集中して没頭することができました。ただただ、大塔宮のお幸せのために祈ります。鎌倉を供養させていただいたおかげで、私は浄化され、霊的に進歩できました。この徳をお返しするために、また祈りを捧げます。終わってみると、いい気持。良かった。ありがとう。

振り返ると、さっき通った境内とは全然別の場所のように、明るく親しみの雰囲気で満たされていました。

車に向って歩いていると「お茶でも」と伝わってくるので、そうだな、気分がいいし、長居することにしました。ありがとう。お茶は自分で買うんですけどね。

お茶屋さんの中でいろいろ見ていると、鎌倉の神社について詳しく書いた本があったので、購入しました。能の絵葉書があり、それも欲しくなったんですが・・・買いませんでした。私とご縁のある人は、鎌倉攻めに関係した人が多いんです。私はカルマ浄化を終了しているから大塔宮のことが好きということで済まさせられるけど、この絵葉書を送ると、その人たちを苦しめることになりますからね。

鎌倉宮の鳥居を出ようとしたとき、急に涙があふれてきました。ありがとう、大塔宮。

霊的なコミュニケーションは、この世の誰かとのコミュニケーションとは性質が違っています。言葉や動作での表現が、この世でのコミュニケーションの手段ですが、神仏霊とは、言葉や動作はおまけでしかありません。

霊的なコミュニケーションで使うのは、心そのもので、こちらの心と相手の心が重なり合います。あちらには区別がうまくできているかもしれませんが、こちらとしては、この気持ちが自分のものなのか相手のものなのか、区別がつきにくいんです。

だから何となく、自問自答に似ています。でも、何度もくり返し経験していると、こういう感じは自分ではなくて、相手の気持だというのが区別できるようになってきます。(というより、誰でも日常的に経験しているんですが、自分の気持じゃないものでも、全部自分の気持ちだと思い込んでいるんです)

相手の気持が直接自分の気持として感じられる、それが霊的なコミュニケーションなので、これがうまく起こると、本当に甘美な感覚です。供養や参拝では、しょっ中起こってきます。

この世の日常生活に比べると、霊の感情というのは、あまりにもストレートです。霊の世界は素のままで、こうしなくてはいけないとか、感情を隠さなくてはいけないという気持ちはありません。すぐに泣きます。それで、こちらもその気持ちをそのまま受けて、涙を流してしまいます。

神仏もよく泣きます。神仏は普段、人間に対してエネルギーを低く変換して接してくれていると思うのですが、場合によってその変換をあまりせず、高めのエネルギーのまま、こちらへ渡されることがあり、そういう時は神仏が泣いていなくても、人間の限界をこえるので人間としてはただ泣くしかないという状態にさせられます。それに加えて神仏が泣いている時があり、こういう時は、何が起こっているのかわからないまま、滝のような涙で号泣し続けるばかりです。

「なにもののおはしますかは知らねども、かたじけなさに涙こぼるる」という西行法師の歌は、似たような心境だと思います。

人間同士のこの世の関わりとは比べ物にならないほど素晴らしいので、とりこになりそうですが、なりません。コミュニケーションしている時の脳の場所が、日常とは違うのではないかと思います。それで、あれほど甘美な体験だったのに、執着を感じません。

逆に言えば、あれほど神仏にしていただいたのに、そのご恩をケロッと忘れることもできるのですねえ。でもこれが本当。執着できないというのが、自然の姿なんですね。

供養や参拝で涙が流れるのは、相手が自分をすっかり受け入れてくれている、大歓迎してくれている、うれしくて泣いている、祈りに感謝して泣いている、祈りに感動して泣いている・・・他の祈り方のことは知りませんが、祈ららの祈り方ではそういうことです。



今日の日記が、何かしら心に残ったようでしたら、1クリックのご協力をいただけると幸いです。
精神世界ランキング


★12月7日「現実へ」

とにかく現実的に、現実的にと、自分が変わっていこうとしているのがわかります。

精神性は、私にとってはさほど魅力的なものではなくなってきました。もう適当に突き詰めてしまったので、可能性が少ないものになってしまいました。

今はこの世を追及しています。最初から現実的な生き方をするには、精神面を後回しにはできませんでした。



今日の日記が、何かしら心に残ったようでしたら、1クリックのご協力をいただけると幸いです。
精神世界ランキング



2004.11.25 鶴岡八幡宮境内末社・旗上弁才天社
★11月17日「自由な考え」

何でも自由に思っていい、それが全部現実になるとわかっても、なかなか本当に自由には考えられないものなんですねえ・・・。どうしても考え方のくせから抜けられません。

自由ったって、今までと同じようにしか考えようがないんです。だって、私は今まで、かなり自由に生きてきたと思います。

こうなってみると、自分は本当に信じた通りに生きていたこと、何もかもが信じた通りになっていたこと、私が信じたから今の現実があるということが、本当にしみじみとわかりました。

だから他のものを信じていいと言われたって、信じようがないのですよ。

人間はいろいろな制限の中で生きていて、きゅうくつな生活をしている、もっと自由があるはずと思っていたのに、すでに今のままで充分自由に生きていたのですね。驚きました。

自分がお金持ちだと信じたい、でも今のままじゃ、心の底からお金持ちだとは信じられない、だから本当にお金持ちにはならないのです。お金持ちになるためには、自分を信じさせることが必要。そのために、働いたり研究したりしてお金の手に入れ方を学ぶ、そうして自分が心から何の疑いもなくお金持ちだと信じ込むことができたら、現実にお金持ちになる。

てことは、結局、自分を信じ込ませるためには、ちゃんと働かなくちゃいけないし、経営だのマーケティングだのの研究をしなきゃいけない、現実の努力が必要ということで、「思ったらその通り」なんていう甘いイメージではないってことです。



今日の日記が、何かしら心に残ったようでしたら、1クリックのご協力をいただけると幸いです。
精神世界ランキング


★11月14日「何もかも思い通り」

問題なのは、神仏とのおつきあいの仕方なのです。どう考えたらいいのか、今、何もかもが自分の自由で、どう考えようとも自由、そして考えた通りに、現実が即、変わってしまうという状況ですから、どう進んでいけばいいのやら。

基準が何もないということを、どう処理していけばいいのか?ただ、自分の中のフィット感のみが頼りです。

右と考えれば右になり、左と考えれば左になる。おーい、何もかも思い通りというのは、とんでもなく頼りなく、かすみをつかむような居心地の悪さだよ〜。

でもって結局、神仏との関係は、今までどおりに似た感じに帰ってきました。んー、でもほんとかなあ。思った通りなんだから、ほんともうそもないんだけど、そこら辺に存在する、とびきり優秀な友達のような感覚かな。

そして、ちょっと不思議な生き物たちの気配を感じるようになりました。何かいるんです。いる、絶対にいるんです。空を飛んでるもの、小さいもの、大きいもの、なんだこれは。妖精のようなもの?くらげのようなもの?ファンタジーの中の住人みたいなのが、本当に、現実に、存在しているんです!

といっても、この3次元じゃありません。どこか、違う次元にいる。まだクリアにはわからないんですが、ぼんやりとその姿形や、性格(かなりいい感じ。いい感じのものしか、自分の感覚が許可しないのかも)、気配を感じます。



今日の日記が、何かしら心に残ったようでしたら、1クリックのご協力をいただけると幸いです。
精神世界ランキング


★11月4日「新しいバランス」

神仏との関わり方や、宇宙と自分との関係などが根本から変わってしまい、その方面ではまだ不慣れです。

今までは、神は神として存在してくれていたので、「神」の分野では完全にお任せしていれば良かったのでしたが、神も自分になってしまうと、何もかもが自分の責任になってしまいます。

ただただ任せていれば良かったことが、なんて楽だったことか。またもどる?もう自分が宇宙の中心とイコールだなんて考えず、ぜーんぶゆだねてしまう?でも、そうじゃないと知ったからには、以前にもどるのは無理なのです。

大変です・・・。自分がきれいな球でないこと、すっかり円満でないこと、なにもかもバランスがとれた人格でないこと、それがありのままに、日常の現実となって押し寄せてきます。

全ての現実が、私自身なのだと、よくよくわかります。何かがうまくいかないとしたら、それは私のありのままの姿がそこに表現されただけなのだと。自分はなんて、でこぼこなんだろう。

ああ、今まで何もかもうまくいったのは、足りないものを補ってもらい、守ってもらっていたんだ。何てありがたかったんだろうと、しみじみ思います。

この場所は、きついです。人には、おすすめできません。私がここへ来る前の状態が、おすすめですね・・・。



今日の日記が、何かしら心に残ったようでしたら、1クリックのご協力をいただけると幸いです。
精神世界ランキング


★11月1日「京都」

京都を集中的にサーチ登録していたら、京都を参拝していたことを思い出して、懐かしくなりました。京都は、いろんな意味で特別な場所でした。最高のことも、最悪なことも多い街。東京とは兄弟の街。

湘南を出るとしたら、京都か、京都周辺に住みたいと思っています。

今になって、京都のほとんどの神社仏閣に参拝した理由がわかってきました。何となくのつもりだったけれど、そんなはずがあるわけなかったんですね。



今日の日記が、何かしら心に残ったようでしたら、1クリックのご協力をいただけると幸いです。
精神世界ランキング


★10月2日「客観的事実の消滅」

「客観的事実」というものは、三次元にしかないらしい。ものごとの「客観的事実」を観察して、そこから学んで、という方法は、通用しなくなりました。「客観的事実」そのものが存在しないから。

あるのは、想念が創りだすものだけ。事実なんてないのです。自分が創るもの、それが事実となります。とんでもないことです。何もかも、自分の創作で、主観です。

そう自分が気づく、するとさらに「客観的事実」が消滅して、創造の世界を強くする・・・。そしてますます、この新しい世界にのみこまれていく。

新しい世界に浸かってしまえばいいのかもしれない、だけど、私はこの世に肉体をもって生きているんだから、この世での生き方も続けなくちゃいけない。

とにかく、新しい世界が、生活全般の模様替えを望んでいるので、そうしています。そのうち、うまく落ち着いてくれればいいけど。



今日の日記が、何かしら心に残ったようでしたら、1クリックのご協力をいただけると幸いです。
精神世界ランキング


★9月27日「ワタシ神社」

神社はもともと、そこへ神を呼ぶための場所なわけですが、神社もお寺も、建てられた目的とは別に、自動的にハイアーセルフへの入り口になっています。

ご祭神やご本尊へ祈るとき、人は自分のハイアーセルフに知らずに祈っています。ご祭神やご本尊に祈るために造られた施設ですが、実際に祈られているのは、ハイアーセルフです。

そのことを、神仏は知っているのかどうか・・・最近、自宅で祈っていて、前のようには神仏とのコミュニケーションが持ちにくくなりました。神仏が引いてしまったんです。

そばにいるのは空海さんだけ。なぜ空海さんが残るのか?人だから、先輩だからでしょうか・・・。

「神に命令することができるようになる」ということを聞いたことがあります。男性は本質的に支配的なため、魅力的なことなのでしょうが、私には関心のないことでした。けれど今、その言葉を思い出します。私のまわりで、神仏が私の指示を待っているのがわかります。

だからといって、「神に命令する」という言葉の持つイメージとは少し違う気もします。今までは、神仏が勝手にやってくれたけれど、今はやってもらいたいことがあるなら、自分から神仏に希望を伝えなくてはいけなくなった、そんな感じ。

めんどうだな・・・。神仏を使役できて、うれしいと感じる人がいるんだろか。そうなんでしょうね、あんな言葉があるんだから。

自分が神社になりました。ワタシ神社。この神社が、伊勢神宮よりも格上です。

神仏は、ハイアーセルフへの仲介者だったのでした。神仏にも何とすることもできない、ハイアーセルフの威厳。これが、誰の中にでもある、自分の中心です。魂というのは、素晴らしいですね。

神社仏閣にひかれる人は、ハイアーセルフにひかれている人です。ワタシ神社の面影を、神社やお寺に感じているのです。神社仏閣は、その期待にかなり応えてくれます。けれど、それは投影だということに、いつか気づく時がくるのでしょう。



今日の日記が、何かしら心に残ったようでしたら、1クリックのご協力をいただけると幸いです。
精神世界ランキング


★9月19日「ウェイン・ショーター」

東京JAZZというコンサートに行ってきました。目的は、ハービー・ハンコック・カルテットに参加している、ウェイン・ショーター(sax)。

私は2時間早く着いて、夕ごはんを食べた後、入り口近くのベンチで寝ながら待っていました。時間が来て入り口が開くと、並んで待っていた人たちがぞろぞろ、入る入る、いつまでたってもその列が終わらない・・・1万人位いたので、びっくり。私は行列が細くなってから、ゆっくり入っていきました。

あんなに並んでいたら、立って待ってるだけで大変だったろうと思います。立ち見の人が多かったし、人数が多かったので、主催者側が、並ばせたんですね。私は、目を閉じていたので・・・全然気づかなかった。

会場に入って、自分の席を探してみたら、前から3番目の中央でした!こんなにでっかい会場で、この席は・・・すごい。まるで学校の教室かライブハウスみたいに、ステージが近い〜。うううれしい〜!

前の方の真ん中あたりに座っている人たちって、どうやってチケットを手に入れるんだろうって、今まで疑問に思ってたのですが、普通に買っていても、こんな席が買えるものだったんですね。

このコンサートはお祭りみたいなもので、バンドが3つ出ました。ショーターは最後に出ました。本物を見たのは初めて〜。

おなかが出ていました。でも、顔は細長いまま。にこにこ、機嫌が良さそうでした。毎日が楽しそうって感じです。

今回はハービー・ハンコックのグループでしたが、ハンコックは隠居状態だったので、事実上ショーターのバンドみたいになっていて、うれしーのなんのって!

この人、観葉植物かしら、と思って聴いていたら、急にぱぱぱぱぱっと花が咲きまくって、うわ〜、やっぱり、すごいじゃん!現役バリバリだよ〜、しかも、絶対ウソ弾きしない、一生懸命本物の音だけを探して、正直に演奏する人でした。見事だよ〜、いいよ〜、いいよ〜!!

スタイルは、何ていうんでしょ、私は雑誌を買わないので、名称とかよくわからないんですが、フリーとフュージョンを混ぜたようなの。私の一番好きな形でした。

明るいというところも、いいのです。「暗い」のは、「未消化」ということだと思いますから。ノリが大きくゆったりしていて、不安感がちっともなくて、余裕の演奏でした。

ああー、もっとずっと聴いていたいのに、ひとつのバンドにあてられた時間が短くて、残念でした。

一番最後は、ごちゃまぜバンドのセッションで、何とフューチャリングTOTO。大人の中に子供が入っている感じで、大丈夫なんかい〜と心配になってしまって、気分良く聴けませんでした。

私はスリリングですっごいショーター達だけの演奏が最後の方が良かったけど、TOTO入りが最後の方がいい人が多かったんだろか。

あーー、今日は幸せだったよ。んーーー、しあわせっ、ショーター、ありがとー♪とっても素敵な人だった!

※ この日の様子は、NHK-BSで生放送されたそうです。



今日の日記が、何かしら心に残ったようでしたら、1クリックのご協力をいただけると幸いです。
精神世界ランキング


★8月29日「最高神」

神仏は、周囲に降りてきてくれる、友人、協力者、仲間になりました。というよりも、ずっとそうでした。けれど、私は相変らず、毎日祈っています。誰に向かって祈っているのだ?答えは・・・自分でした。

神仏の向うに鎮座しているもの、宇宙の最果てでありながら中心に存在しているもの、神の中の神、この宇宙そのものの魂、それが自分でした。神仏は、その最高神を一緒に礼拝する仲間にすぎません。

神仏と共に、手を取り合って祈る・・・。今までと同じように、神仏と一緒に生きています。自分が神で、神仏は友人たちでした。でもとりあえず、今まで通り、神仏と呼んでおきます。私が神仏に祈っているのは形だけ、本当は、神仏が私と共に、私に祈っているのでした。

人は肉体で見たものに圧倒され、自然に驚き、自分の小ささを強烈に感じました。そして、自分という神を、外へ放り出してしまった。そのように見えたから。見えたものに惑わされたのです。

人は神なしには生きられない。だって、それが自分の核心だから。友人に自分の神性をはりつけて、神に仕立て上げたので、神を失えば、自分の中心がなくなるのです。そうしてしまったのです。

天照大神、天御中主神、大日如来、あらゆる神仏に、人は自分を投影しました。神仏へ祈りながら、本当は、その背後に存在する自分へ祈っていたのです。それとは知らずに。認めずに。

こんなうそは、もう終わりにしなくてはいけません。



今日の日記が、何かしら心に残ったようでしたら、1クリックのご協力をいただけると幸いです。
精神世界ランキング


★8月27日「空海さん」

本屋さんで、書道の本をちらと見たら、空海さんの字が載っていました。有名な「風信帖」(ふうしんじょう。最澄にあてた手紙で、国宝)です。
http://homepage2.nifty.com/tagi/koten024.htm

私は9歳から10年間、書道を習っていたので、最後の方にこれを書写しました。書道をやっていて、初めて芸術として楽しいと思えたものでした。今見ても、中国の大家にも勝る、素晴らしい字だと思います。

真言宗の本を、初めて読みました。空海さんの命日は、3月21日なんですよね。その日は、祈ららの祈りの創始者、前田先生の誕生日です。

生まれ変わりは、命日に誕生すると言われます。その間に転生によって、何人もが存在する場合があり、そんな場合は命日が、どんどん変わっていきます。そんなことを書いている昔の本(魂脈占い)があって、私の前世候補者の中に、足利尊氏がいたのには笑いました。

空海さんは、何回転生すれば完成するかわからない、はてしない悟りへの道を、今生のうちに生きたまま完成することをめざしました。即身成仏といいます。真言宗では、主に観想(決まったものを瞑想する)が、その方法になっているようです。

祈ららでは、目的は同じですが、現代日本の状況に合わせた祈りを使います。妙法経力即身成仏。いつもそう卒塔婆に書いて供養してきました。

方法は違うけれど、そのスピリットが同じです。より強く、早く、効率よく、確実に・・・。本当に、現代によみがえった空海さんのオリジナルなのかもしれません。



今日の日記が、何かしら心に残ったようでしたら、1クリックのご協力をいただけると幸いです。
精神世界ランキング


★8月21日「物が軽い」

テレビを見つめていたら、これは、とんでもなく軽いのだと感じました。車も、まるで石鹸程度の軽石の重さしかない。もっと軽いかもしれない。それが、車の、本当の姿だと感じます。

重力を受けない状態を、感じているんだろうか・・・。

姿も、色も、形も、重さも・・・何もかも仮の姿で荒々しい・・・。

人の体も同じ。肉体は、この世をこの世的に感じるための、魅惑的な道具。この道具の魅力に、皆、ものすごく執着する。死んでもなお、執着する人がいる。



今日の日記が、何かしら心に残ったようでしたら、1クリックのご協力をいただけると幸いです。
精神世界ランキング


★8月20日「ネパールのアニティヤ」

日本フォスター・プラン協会から、あしながおじさんの資料が届きました。

フォスター・ペアレントになると、月々3000円、4000円、5000円から選んで送金し、そのお金は現地の人々の生活向上プロジェクトに使われます。プロジェクトが行われている地域の子供をひとり、紹介してくれ、その子との手紙のやりとりができます。

私のフォスター・チャイルドは希望通り、ネパールの女の子で、3歳のアニティヤに決まり、写真が同封されていました。

レンズ豆のカレーを作ろうと思って、数日前からナンを探していたのですが、今日やっと見つけて、帰ってきたら封筒が届いていたのでした。このシンクロ、うれしいです。

アニティヤは小さいので、手紙は読んだり書いたりできません。識字率が低いためか、家族にも難しいようです。やりとりの相手は、彼女の担当になっている現地のボランティアの人になるそうです。ちょい、がっかり。

ネパールについての説明文を読んでいたら、ネパールにはエベレストがあると書いてありました。ああ、そうだったなあ・・・世界一の山・・・富士山が関係してくれたかも。ヒマラヤ水晶が好きだからネパールを希望したのだし、イワナガ姫さんが働いてくれたかも。

ネパールは釈迦の生誕地があるんですね。これも関係しているのかも。

国民一人あたりの年間総所得は、日本の1/14だそうです。この不公平は何だ。女の子はやっかい者扱いだとか、1日1ドル以下で生活する人が国民の38%だとか、テレビの中の別世界だったことが、現実となって自分のポストに入ってきたような感覚です。

アニティヤが私に学ばせてくれることは、エベレストほどあるのかもしれません。

日本フォスター・プラン協会
http://www.plan-japan.org/



今日の日記が、何かしら心に残ったようでしたら、1クリックのご協力をいただけると幸いです。
精神世界ランキング


★8月13日「お盆」

今日からお盆。お盆はやたら楽しいですね。子供たちも楽しいって言います。いつものように、子供たちがナスときゅうりで牛馬をつくりました。次男の方が器用なので、ナスよりもちょっとだけ難しい、きゅうり担当。

お盆は、現在は8月15日が主流ですが、本来は旧暦7月15日でした。旧暦7月15日は、新暦の8月末頃の満月の日です。8月末頃だったお盆を7月15日に持ってくるのは、感覚的に無理があったり、農家の忙しい時期と重なってしまうことから、ひと月遅れの8月15日が、広く受け入れられるようになったみたいです。

日付は7月15日がほんと、でも実際の時期は8月末がほんと、8月15日は妥協案なんですね。

今年のお盆は、今までたまっていたものが外に出てくる人が多いようですから、のんびりお休みモードで過ごすのが良さそうです。



今日の日記が、何かしら心に残ったようでしたら、1クリックのご協力をいただけると幸いです。
精神世界ランキング


★8月10日「あしながおばさん」

テレビで、ネパールの貧しい女の子の生活を見ていて、番組の最後に募金の宛先が出るのを待っていたら、何も出ないで終わってしまいました。あれれ、チャリティー番組じゃなかったの・・・。

何となく消化不良な気持ちになって、そうだ、援助を必要とする外国の子供に、継続して募金をする、あしながおじさんのプログラムがあったはず・・・と調べてみまして、見つけました。で、今日、申込書を書きました。んーー、うれしいなあ。

この募金の詳しい内容については、後ほど書きたいと思います。

何だか、内面にあるものを、現実の行動に反映させずにはいられなくなってきた感じがします。



今日の日記が、何かしら心に残ったようでしたら、1クリックのご協力をいただけると幸いです。
精神世界ランキング


★8月5日「人生最大の節目」

今年は、人生最大の節目かもしれません。ひたすら、ここをめざして生きてきたんですからね。自分の目標よりも、10年くらい早かったので、うれしいです。

考えてみたら、去年から、内面ではゴールの感覚がありました。それが今年へ入って徐々に強まり、現実化したというような感じでしょうか。現実化は、まだ強まっています。どこまでいくのかなあ、楽しみ。

富士山のために伊豆を回ったのが、お話のはじまりかも。富士山へエネルギーを集めたことで、磐長姫命と和解しました。それから丹波で、岩戸から出てくる天照大神を祀るように指示されました。その後、冬至の太陽と共に太陽の道を走り、最後に石上神宮で剣をいただきました。その剣は、熊野大社で体におさめていただきました。

それからまた、富士山の磐長姫命が、剣にエメラルドを入れてくれました。その直後にバイクで転倒して、チャクラが開きました。これで現実化のスピードが速くなりました。

去年からのできごとは、こんなところでしょうか。

2度の結婚と離婚、2度の出産と育児、くりかえした転居、節目はいろいろとありましたが、すべてのことが、この場所にたどりつくためにあったように思えます。

すべてに感謝します、ありがとう。過去のことにも、今、私を取り巻いている、この場所の風景に対しても。

今はただ、内面が実現するだけの段階なので、神仏が誰も祝ってくれません。お祝いは、少し前にたくさん伝えられました。その時には、自分ではまだよくわからなくて???でした。自分が遅れていて、ちょっと悲しい。



今日の日記が、何かしら心に残ったようでしたら、1クリックのご協力をいただけると幸いです。
精神世界ランキング


★8月4日「公共物」

自分が、公共物になった感じがします。なったというより、こっちが本当だった。「心の成長」はいつもそうですが、新しく得るものではなくて、ただ、すでにそうだったことを思い出すだけです。

私は、個人ではなかったみたいです。個人なんだけど、本質は個人ではない。では何なのだろう?

ずっと、変わってしまった世界を味わっています。深くて静かな感動が続いています。「平穏」とか「平和」「安らぎ」などという言葉の、イメージは持っていたけど、実際には経験したことがなかったのだなと思いました。今、生まれて初めてその中にいます。



今日の日記が、何かしら心に残ったようでしたら、1クリックのご協力をいただけると幸いです。
精神世界ランキング


★8月3日「チベット仏教」

ダライ・ラマ14世の「般若心経入門」を読みました。ダライ・ラマがチベット仏教についての講演をした時の、内容の翻訳で、この本では特に、般若心経の解説ということが主題になっています。

チベット仏教に近づいたのは初めてで、仏教について、その理論に近づいたのも初めてでした。まあ、驚きました。仏教って・・・哲学なのですね。(そんなことも知りませんでした。その方が驚き?)人間の霊性について、哲学でアプローチしたのが仏教。しかも、すごいレベルで霊性を解明しています。哲学って・・・すごい・・・。これにくらべたら、科学は、遅れすぎでないかい?

思考は、その性質上現実に縛られないので、どこまでも発展しやすい。でも科学は現実のしがらみに強く縛られるので、哲学ほど飛びにくい・・・そういうことでしょうか。

もっと驚いたのは、今私がいる場所は、こういうところだよと、説明してくれていました。

仏教がこうして今まさに、これ以上はありえない抜群のタイミングで、私がたどりついたのはここだよと教えてくれたということ、それは簡単に、「私は以前も、仏教徒として、ここに来たことがある」と思わせてくれるのです。だから、今生は仏教を歩まなかったのだなあ。何か、心の遠い奥の方から、深く強い感謝の気持ちがわき起こります。ありがとう、本当にありがとう。



今日の日記が、何かしら心に残ったようでしたら、1クリックのご協力をいただけると幸いです。
精神世界ランキング


★8月2日「点々でスカスカ」

すべての物質が、ビルも道路も影の片隅で、実は自分は点々なのだよと、言っている感じがします。今までの現実と同じ世界にいるんだけど、現実をコピーした世界に入ってきたような、妙な、妙な、どこか違うところにいるような感じがします。

何もかもが点々でスカスカなので、お互いに強くは影響しあわないのです。だから、カルマからの影響も、あまりない。カルマ自体はありますが、カルマが来ても、点々でスカスカの自分には、大して重いものではなくなってしまったのです。



今日の日記が、何かしら心に残ったようでしたら、1クリックのご協力をいただけると幸いです。
精神世界ランキング


★7月24日「遊び遊び、笑い笑い」

遊び遊びの感覚になって、その感じをずっと味わっています。笑いがこみあげてきます。この世は、宇宙は、こうなっているんだ・・・、こうなっていたんだ・・・。

今までのことが全部ばからしく思えたり、可愛らしく思えたり、なんでこんなことがわからなかったんだろうと不思議だったりします。

ここが、目的にしていた場所だとわかります。ゴールだけど、スタートにもどった感じ。舞い降りてみたら、なんて柔らかい、優しい、羽毛のようにふわふわな場所です。

ここ?ここなの?何、おんなじじゃん!いつも通りじゃん!今まで通りじゃん!でも違う、何かすごく違う、同じなのに違う!

くっくっくっ・・・そしてまた、笑ってしまいます。モナリザの微笑みは、これだったんだなあ、モナリザよりも洗礼者ヨハネ(ダ・ヴィンチの絵)の表情の方が、似てる。

今年、「笑門」のしめ縄を玄関のドアにつけることになったのは、これがやってくるのが、わかっていたんだなあ。

遊ぶだけ、笑うだけ。もう、それしかない。と言っても、私はこれまで、そういう生き方はしてこなかったのでした。遊ぶだけ、笑うだけの人生なんてつまらない、もっと何か追求したいと思ってきたのでした。でも、追求してつきつめたところにあったのは、これでした。

今まで排除してきたものが、目の前に広がります。だから、とまどっています。いきなり、もう力を抜いてよし、と言われてもね、呆然としています。無限大のマークを、現実世界に発見したような感じ。

でも、抵抗はしていません。うふふ、うふふ、と喜んでいます。ただ遊ぶだけ、ただ笑うだけとは、やはり違っていますから。何だかとってもいい気持ち。プールにぷかぷか、浮かんでいるみたい。



今日の日記が、何かしら心に残ったようでしたら、1クリックのご協力をいただけると幸いです。
精神世界ランキング


★7月14日「空海さん」

昨日から、空海さんを近くに感じます。昨夜、空海さんに、以前もらったアメジストのネックレスをつけるように指示されました。いつもは、眠る時にはネックレスはつけていませんでした。

そして今朝、起きてみると久しぶりに心地よく目覚めることができました。バイクでの転倒以来、チャクラが開いて、朝起きたときは一日のうちで一番疲れているということが続いていたのでした。

やっぱり、先日の天王祭で、一区切りだったように思います。須佐之男命が始めたことですから。

それにしても、空海さん、頼りにしてるよ〜。もう、いてくれなくては困る存在になりました。神が「知らん」という人のことも、空海さんは親身に考えてくれます。アメジストは、空海さんに似ています。冷静で、暖かい。



今日の日記が、何かしら心に残ったようでしたら、1クリックのご協力をいただけると幸いです。
精神世界ランキング


★7月11日「天王祭」

夏祭りのシーズンがやってきました。夏は須佐之男命のお祭りが多く、各地で「天王祭」「祇園祭」と呼ばれて催されます。

お昼過ぎ、図書館に行こうと思って車のエンジンをかけるなり、ラジオから「今日は小動(こゆるぎ)神社の祭礼で、通行止めのため、○○キロ渋滞しています」とアナウンス。おお、小動神社のお祭りの日でした!行きたーい!お祭りは、普段は避けている私ですが、なぜか行きたいと思いました。

このお祭りは、江ノ島神社境内末社の八坂神社から、須佐之男命が小動神社へ訪れるというもので、両神社合同の祭礼です。どちらの神社も、ご祭神は須佐之男命。小動神社が、八坂神社の元宮にあたります。

でも空は、今から雷雨確実という感じで、バイクで行くことは無理そう。車では日曜日に駐車場までたどりつくのは大きな苦痛・・・。それで、やはり図書館へ行って、祭礼が終わってから、参拝だけしに行こうと思いました。

それからやはり雷雨の中、10本ほどの稲妻を見て、気分は上々です。図書館からのんびりと小動神社へ向かいました。そのうち雨雲は行ってしまい、よく晴れてきました。

小動神社へ到着すると、ちょうど八坂神社から小動神社へ、お神輿が到着して、到着後の神事の最中でした。まだ終わってなかったんだ・・・。八坂神社と小動神社の、ふたつのお神輿が並んでいます。

小動神社へ参拝して、ぼんやりしていると、ひっきりなしだった人がふと途切れたので、写真をとらせていただけました。


境内でのんびりして、お神輿の場所へもどると、ちょうどこれから出発というところだったので、何となく後をついて行きました。それから結局、江ノ島の八坂神社前でお開きになるまで、ずーっとついていってしまいました。「魅力」がお神輿の形になったみたいで、どうしても打ち勝てませんでした。

歩きながら、今生、最も幸せだったのは、須佐之男命との関係だったと思うと、途中で何度も涙があふれそうになりました。

須佐之男さんの人形の前で、お祭りに奉納金を入れると、穀物を片手にいっぱいと、小さな枝をくれました。神主さんに尋ねると、「これは麦で、厄除けのものです。すでに調理済みなので、このまま食べてください」「枝は、しいの葉で、暑さに弱い榊の代わりです。お守りみたいなものです」ということでした。


少しおなかがすいていたので、この麦をつまみながら歩きました。味はありませんが、体が喜んでいるみたいで、次々と食べられました。

須佐之男さんのお神輿は、龍口寺前で小動神社のお神輿と別れて、江ノ島までたどりつきました。それから、ゆるい坂道になっている参道をのぼりました。参道をのぼりきると、第二鳥居があります。

第二鳥居からは脇の道へ入り、橋をわたります。


それから最後の階段をのぼります。いつからか、お神輿の担ぎ手はほとんど若い衆に変わっていました。ガンバレ〜。


階段をのぼりきると、そこは辺津宮。本殿のような存在で、三女神さんたち全員がとりあえず、そこにいます。写真をとったら、右上のスミにご神霊が写っていました。お出迎えですね、おかえりなさーい。


そこから境内末社、八坂神社へ到着すると、今度はどっさりのご神霊が、ご祭神をお出迎え。このたまゆらの大群を見よ!須佐之男さーん、おかえり〜、お疲れ様〜!大きなたまゆらが、神主さんの頭上にあります。さすがですねえ。お神輿は写真の左にあります。神主さんは、神様に息をふきかけないよう、マスクをしておられます。手袋もつけているみたい。


それからご神事が執り行われ、神様の御魂をお神輿からお社へお移しして、終了になりました。


このお祭りは、前半の方が見ものらしく、江ノ島から海の中をお神輿が渡って行くそうです。私は後半だけでしたが、かなり長い時間一緒にいたので、満足しました。ふと周りを見回してみたら、八坂神社の前にいたのは、関係者の方ばかりでした。(汗)

予定外の展開でしたが、あー楽しかったよ、須佐之男さん!とりあえず日焼け止めをぬってあったので、よかった〜。

ただ楽しませてくれたのかと思っていましたが、体が楽になりました。プレアデスまでたどりついたので、そろそろ落ち着かせてくれるのかなあ。




今日の日記が、何かしら心に残ったようでしたら、1クリックのご協力をいただけると幸いです。
精神世界ランキング


★7月10日「プレアデス」

私はあと2年ほどで、前田先生が亡くなったのと同じ年になります。前田先生は私よりも11歳年上でしたから、私が前田先生と同じ年になるまでの約10年の間に、世の中に新たに台頭したのは、ニューエイジとチャネリングです。

この10年間に世界は進歩して、カルマは地球を出ました。シュメールとユダヤのルーツは、ニビルとプレアデスでした。

牛信仰は、おうし座信仰から始まっているというのです。おうし座にあるのはプレアデスです。須佐之男命はプレアデスから来たんですね。私も、プレアデスに関係があったんだ・・・。そうか・・・だからニワトリをお使いにする石上神宮で、はじめてプレアデスを見たんだ・・・。

牛信仰がこれほど世界中に多く広まっているということは、プレアデスから地球への影響が強いということと、プレアデスに関わりのある人が、とても多いということだと思います。

ニビルというのは、太陽系の10番目の惑星で、太陽を3600年周期で公転していて、現在はNASAも探索中だそうです。シュメールの主神、アンはニビルからやってきたということです。

夜、友だち5〜6人で会っていたのですが、私はげっぷが止まりませんでした。私はよく、自分の意志に関わらず相手を浄化して、げっぷしています。(これがおならの時もあり、困ります)たぶん初めて会った人が原因だと思いましたが、その人は蛇に似た眼差しの人でした。




今日の日記が、何かしら心に残ったようでしたら、1クリックのご協力をいただけると幸いです。
精神世界ランキング


★7月9日「シュメールとユダヤ」

歴史の扉がどんどん開いて、次々とカルマの根っこが出てきます。

私は、自分に関係があって受け入れ準備のできていることしか、歴史は読めないし、頭に入りません。元々歴史好きの人はそうではないんでしょうから感心してしまいますが、ほとんどの人は、私と似た感じだろうと思います。

今まで、いろいろな歴史の単語だけが、頭の上を素通りしていきましたが、やっとそれぞれを結びつけて理解できるようになってきました。とても知りたかったことなのに、手を出せばすぐに手に入る情報も多かったのに、時期が来ていないというのはすごいことですね。

わかったことをひとつずつ、自分の中に納めていく作業が続いています。本来の自分に帰ってきたんだと安堵の思いを感じることもあり、ああ、やっぱり敵だったのか・・・と切なくなったり・・・、いろいろな思いが複雑に入り乱れ、気持ちの整理に追われています。

これをしなくてはいけないので、まだ、開いて防御不足になっているチャクラを、何ともできないでいます。空海さんも当然、ヨロイのお仕事をしてくれません。だから、事故以来、だるくて眠い日が続いています。

前田先生が亡くなる前も、古代史についての話題が中心になっていました。前田先生は、シュメール(蛇、龍、月、水などをトーテムとした民族。日本では大国主命、弁才天など)とユダヤ(牛、鳥、太陽、火などをトーテムとした民族。日本では須佐之男命、天照大神など)のカルマまでたどり着き、そこで亡くなりましたが、シュメールへのカルマというのは、それほど重いものなのか?今、同じ場所までやってきて、考えています。だって、大国主さんはとても優しいよ。

上まで書いてから、台所で、ガスレンジのグリルに、ハエの幼虫を発見!ぎええええええええええええ!!虫の幼虫は、超超超苦手!絶対見たくないから、普段から気をつけているのに、大ショック!

そいつはまだ生まれたてみたいで、細くて、長くて、うにうにしていて・・・・・ああ、蛇に似ている、シュメールだ・・・。私の幼虫恐怖症そのものが、シュメールとの関係からきてたんだと気づきました。

やややっぱり、蛇のカルマって、よくわからないけどすごそう。



今日の日記が、何かしら心に残ったようでしたら、1クリックのご協力をいただけると幸いです。
精神世界ランキング


★7月6日「合戦の供養」

竹之下の戦いの供養を、やっています。何とも言えない充実感です。人生最大の喜びであること、間違いありません。このあまりの歓喜にとらわれ、つまずいてしまう人がいるほど、素晴らしい感覚です。

やはりまた思います。このために生まれてきたんだと。




今日の日記が、何かしら心に残ったようでしたら、1クリックのご協力をいただけると幸いです。
精神世界ランキング



由比若宮
★6月8日「来宮神社」(きのみやじんじゃ)

バイクで転倒後、三回目の参拝です。本当はもっと来たいくらいです。日中、今すぐに参拝したくて仕方なくて、切なくなることがあります。

転倒後、相性の良い神社での参拝は、どこでもそうなんですが、祈りが終わってから何もすることがないのに20〜30分くらい、引き止められました。私の周りに7〜8人(柱?)の男性が取り囲み、ただじっとしています。(霊視)私にエネルギーを送ってくれているみたい。治療をしてくれているようです。無表情で、無愛想です。ご祭神ではなく、ご眷属の方たちみたい。

何を聞いても知らんふりなので、いいよ、勝手に見るからと、ひとりの見ているもの(私のオーラ)を間接的に見てみました。紫の炎の形をしていました。炎の先端の方は黄色。黄色のさらに上の方は白。下の方には、ブルー、グリーン、赤も混じっていました。かといって、それがどういう状態なのか、いいのか悪いのか、どうなったらいいのか、さっぱりわかりませんから、見ても仕方がありませんでした。

こんなに来たくなるのに、いつもご祭神の存在感が薄いのが不思議です。何度そのことをたずねても、教えてくれません。

よーし、それじゃ、須佐之男命に聞いてみました。須佐之男さんが、来宮神社を病院として指定してる、ということもあるみたい。バイク関係で、責任があるみたい。来宮神社に呼ばれているわけではなさそう。お互いにひきあってるみたい。

来宮神社のご祭神は、大己貴命(おおなむちのみこと=大国主命)、五十猛命(いそたけるのみこと。須佐之男命の子)、日本武尊です。大己貴命も五十猛命もいいんだけど、やはり、こんなにひきつけあうのは日本武尊みたい。日本武尊が前面に存在感を出してこないのは・・・私が、それを嫌うからでした。なるほどね、確かに。

来宮神社には、私が奉納した草薙の剣がまだあるのかしら。あ、そうか、だからなんだ。治療してくれた人たちは、草薙の剣の精霊とか。

草薙の剣は、日本武尊から宮簀媛(みやすひめ)に手渡されました。宮簀媛は、剣を祀りました。今は、宮簀媛の魂を持つ女性が、この剣で何かする必要があるのかもしれません。

ひとつには、祈ららの祈りが草薙の剣でした。もうひとつは、NSRが草薙の剣でした。祈りもバイクも、日本武尊の前世を持った人から渡されました。(バイクは本人から直接ではなかったけど)日本武尊と同じように、この人たちは2人とも、渡すものを渡したら死んでしまいました。いったいこれから、どうなっていくんでしょう。



今日の日記が、何かしら心に残ったようでしたら、1クリックのご協力をいただけると幸いです。
精神世界ランキング


★6月6日「菩薩行」

私が○○○○であれば、祈ららの祈りを続けることができる人は全員、武士といえるでしょう。武士のための祈りでしょう。

人の上に立つ武士の性質の中で共通しているのが、自分よりも自分のために命を投げ出してくれる者のために生きている、という感覚です。武士達は皆、熱烈にそう思っています。

たくさんの部下とその家族に尽くされた武士は、自分だけが成仏しようとか、アセンションしようとか、まず考えません。

仏教でいう「空」の思想を実践するならば、自分だけがあっけなくカルマを超越してしまえばいいんです。けれど、武士ならばそれはできない。自分に光が見えていても、踏みとどまって後に残る者を援助せずにいられない。自分のために傷ついた人たちや、自分たちが傷つけた人たちを、放ってはおけない。仏道でいう、菩薩行に入るのが武士でしょう。

菩薩というのは、如来になれるのに、人々のために波動を下げて菩薩のまま、とどまっている仏です。この祈りは、それです。そしてそのことに夢中になっているのが、武士の「空」のあり方です。

私はカルマを何とも思っていなかったことに気づきました。カルマはネガティブなものではありませんでした。なぜか、カルマをとても楽しいものだと感じます。それは、自分達を夢中にさせてくれたものだから。




今日の日記が、何かしら心に残ったようでしたら、1クリックのご協力をいただけると幸いです。
精神世界ランキング


★5月29日「足柄神社」

先日の事故現場の鎮守の神社へ参拝しました。そこは南足柄の足柄神社でした。ご祭神は不明。日本武尊かも。

夏山の香りが心地よく、穏やかに、にこにこと迎えていただけました。
「この近くで事故を起こしてしまったんですよ。あの場所を事故に使わせてくださってありがとう。合戦の折には、ご迷惑をおかけしました」

足柄峠には、新羅三郎源義光(しんらさぶろうみなもとのよしみつ)や日本武尊の史跡があります。2人とも私とはご縁の深い人たち。そんな場所で、合戦かあ。富士山が、とてもきれいに、真正面に見えました。

うちに帰りつく頃、気がついたら、事故後はじめて、右腕が回りました。ちょうどそろそろ、その程度には回復していたこともありますが、現地へ参拝した後にそうなるというのは、うれしいものがあります。

この合戦では1000人近くが亡くなっているのですが、歴史上はあまりスポットの当たらない合戦だったので、私の意識には用心のかけらもありませんでした。

しかしま、この近くに会員の方が住んでいらっしゃるのですよねえ。その方の不調の原因は、この合戦なのかもしれません。長いおつきあいの会員の方のお住まい近辺は、要チェックだなあと思いました。



今日の日記が、何かしら心に残ったようでしたら、1クリックのご協力をいただけると幸いです。
精神世界ランキング


★5月28日「素性」

曼荼羅出現以来、考えていると、いくらでも答えがわかるようになったので、おもしろくなって、今まで疑問に思っていたことを次々と考えています。尊氏のカルマを受けているようなのに、尊氏と自分をイコールと感じないのはなぜなのか・・・それは、自分が○○○○なのだと気づきました。

なにい〜!?こっこれは・・・よく考えてみたら、あまりにも、あまりにも、最悪の事態をはるかに上回る、想像を絶することでした。気が遠くなりそう・・・。通りでこの祈りをやるわけだ・・・。私がやらなくて誰がやる?てなくらい、はまり役だったわけです。

ではなぜ、私はいわゆる五体満足なのか、大病を患っていないのか、不自由なく生活しているのはなぜ?当たり前と思っていたことが、奇跡のように思えてきました。



今日の日記が、何かしら心に残ったようでしたら、1クリックのご協力をいただけると幸いです。
精神世界ランキング


★5月27日「曼荼羅」

私の体の中心、おへその辺りに、水晶の美しい蓮の花が咲きました。

しんと静かで落ち着いていて、暖かくまたひんやりと心地よく、冷静にありのままに自然に、優しくまた力強く存在しています。ヒマラヤ水晶のクラスターでも代用できない美しさです。硬く、また柔らかく、つやつやとみずみずしく輝いています。私の意識というスポットライトをあびて、誇らしげにそこにいます。ハイアーセルフの曼荼羅の出現です。

この曼荼羅に意識を送ると、心身が癒されます。事故で乱れたバランスも、落ち着いて整います。今回の事故は、この曼荼羅を出現させるために、須佐之男命が他の神仏に手出しをさせず、全責任を負って使ったトリックでした。お互いに、信頼感は抜群ですから。須佐之男さんも私も、ようやるよ・・・。




今日の日記が、何かしら心に残ったようでしたら、1クリックのご協力をいただけると幸いです。
精神世界ランキング


★5月17日「自爆」

バイクで事故を起こしてしまいましたが、何だか気分がいいのです。

魂の奥の方が、やるべきことをやったような達成感みたいなのを感じている・・・。よくわからないけど、あの2人のために、私が受けたかった気がする・・・。これが本当の自分なんだって、満足している・・・。眠っていた自分を発見して、起こしたような喜び・・・。

何か、とてもうれしい。これが私だった。過去のものじゃなく、今もずっとそうあり続けたい、本当の自分でいたい、そんな感じ。んーーー、魂がのびをしてるみたい。やっと起きたよ〜。

この感じが来るから、神仏は止めなかったんですね。これから起こることがわかっていて、ガードしながら体験させてくれたように思います。



今日の日記が、何かしら心に残ったようでしたら、1クリックのご協力をいただけると幸いです。
精神世界ランキング


★5月9日「小御岳神社(こみたけじんじゃ)」

前から気になっていたんですが、急に行きたくなって参拝しました。

御殿場を下りると、なぜか須佐之男命を強く思い出し、ほろほろ泣けてきました。肉体の親には申し訳ないけど、須佐之男さんが自分の本当の親だと、心の中でくり返していました。

あれー、めずらしいな、どうなってるんだろう、今から磐長姫さんのところに行くのに、何で須佐之男さんなんだろう?

そういえば、関東には須佐之男さんの神社でぴんとくるところがないんだよね。私の気持ちにどんぴしゃなのは、熊野と出雲。もっと熊野に行けたらなあ。そして1月の熊野参拝を思い出しながら尚、気づかない私でした。

小御岳神社で祈ると、剣の柄だけが見えてきました。柄の4ヶ所に、丸いエメラルドがはめ込まれています。この剣は、今、体に入っている布津斬魂の剣(ふつしみたまのつるぎ=十束の剣)。磐長姫さんが、エメラルドを入れてくれたみたいでした。そして、体がぐるぐる回ります。

お札を返すつもりで持ってきていて、新しいものをいただいた方がいいのかどうか、尋ねてみたら、お札が見えてきたので、いただくことにしました。私は石屋さんなんだから、当たり前か・・・。

帰り道、あの剣は須佐之男さんの剣だから、エメラルドを入れてもらうのに須佐之男さんがついてきてくれていたんだなと気づきました。いつもは遠くで見守ってくれている須佐之男さんですが、近くにこられると、今でも私はあんな風になるんだな・・・。今日は、特別強く波動を流されるだけのことがあったんだろうな・・・。

富士山を降りながら、ふたりのNSR友だちと、何のために出会ったのかがわかりました。そっか・・・。初めて出会うタイプのご縁です。この人たちは、今まで出会った誰とも違う。ありがたいです。自分がそこまで成長したということでもあるし、これから新しい道を歩いていくということでもあります。もともと、NSR自体が、何か特別なものとして、与えられていると思います。

あっ、わかった!オリハルコンが出てきたのは、「オリハルコン(の剣)を、磐長姫さんのところへ持っていくように」又は「オリハルコン(の剣)を磐長姫さんが何とかしてくれる」というような意味だったんだ・・・何という・・・ううう、こういうなぞとき、私は苦手!

夜の祈りで呼び出した神仏たちが皆、祝福の気持ちを伝えてくれました。今日の参拝は、ずいぶん重要なことだったみたい・・・。

あー、またわかった。NSRは、草薙の剣(の、より代?この世の形?)なんだ。だから草薙の剣はもういらなくなった。

どうなってるんだ?考えると、どんどんわかってくるぞ・・・?



今日の日記が、何かしら心に残ったようでしたら、1クリックのご協力をいただけると幸いです。
精神世界ランキング


★5月7日「オリハルコン」

最近知り合ったバイク友達、ふたりのNSRさんは、なぜか私の耳がぴくぴくしてしまうようなキーワードを連発・・・。これってどういう現象?私が入ったから、無意識のうちにそういう面が刺激されてるんだろか?どんどんシンクロしてきます。私が何をしてるかは、バレてないはずなんだけど・・・。

それで気づいたことがあります。草薙の剣、布都御魂(ふつのみたま)の剣、布津斬魂(ふつしみたま)の剣はすべて、アトランティスの中心エネルギーとなっていた、オリハルコン(和名はヒヒイロカネ)でできている、ということを思い出させられました。この鉱物が発見されることで、科学は大飛躍をとげ、エネルギー問題が解決するはず・・・と言われています。

このことに、富士山の磐長姫(いわながひめ)さんが関わっているみたい。磐長姫さんも話題に出たのです。私が言い出したんじゃありませんよー。こういう話題のときは、私は口を出さずに黙って聞いているだけ。いやらしい?


なぜ、草薙の剣は返さなきゃいけなかったんだろう。2本ともじゃ、だめだったの?草薙の剣は、上向きに体に入っていたのです。布津斬魂の剣が下向きに入ったら、両方でバランスがとれて良かったってわけには、いかなかったのかなあ。



今日の日記が、何かしら心に残ったようでしたら、1クリックのご協力をいただけると幸いです。
精神世界ランキング


★5月2日「シタール&ガムラン」

ちょっと前に買ったCDを聴きながら仕事中の私です。2枚のCDどちらも、とっても良いです〜。

ラヴィ・シャンカール 「フル・サークル カーネギー・ライブ2000」
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00005QCFW/qid%3D1083479653/249-6205428-1659510

「絢爛と超絶のガムラン バリ島プリアタン村゛ティルタ・サリ゛のゴン・クビャール」
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00005GWBV/qid%3D1083479706/249-6205428-1659510

シタールもガムランも、なかなか当たりに出会わなくて欲求不満でしたが、この2枚は満足!雰囲気だけじゃなくて、音もちゃんと聴けるようになると、音楽は格段におもしろくなりますよ〜。

あーでも、私は聴き入ってしまうか、まったく聴いてないかどちらかになってしまって、仕事中にBGMを使うのは無理なようでした・・・



今日の日記が、何かしら心に残ったようでしたら、1クリックのご協力をいただけると幸いです。
精神世界ランキング


★4月25日「空海と高野山展&キース・ジャレット・トリオ」

キース・ジャレット・トリオを聴きに上野に出かけました。早めに行って、ついでに空海と高野山展も見てきました。

高野山内の仏像などの美術品が展示されていて、空海さん関連のものは、空海さんの坐像、直筆の文書、空海さんの三鈷杵(さんこしょ)、空海さんの念誦、空海さんが唐から持ってきた仏像など。

入ると最初に空海さんの坐像に迎えられますが、ふうんと説明書きを読んで見上げると、ななめ左を向いている坐像と、ばっちり目が合いまして、どっきり。どうせ彫刻だからと、もう一回見上げてみたら、やっぱりどっきり。なんだか恥ずかしくなって、逃げるように立ち去ってしまいました。

空海さん24歳の直筆の文字は、まじめで、問題意識に燃え、超優秀な頭脳の持ち主、でもまだ実行が伴わない理想が勝った、若い空海さんの人柄を感じました。私などとは全然、世界の違う人です。

空海さんの念誦には、あまり魅かれませんでしたが、三鈷杵には、ガラス越しでも空海さんの体温のようなものを感じました。金の柔らかさ、その中にしみこんだ、経験と直感。そしてやはり、私とは違う性質への隔たりを感じました。

仏像の中では、快慶という人の作品が、どれも芸術として良かったです。四天王は、バイク乗りのイメージにぴったり。バイク乗りでなくても、スポーツ関連は四天王って感じですね。

一緒に来ることができなかった長男のために、おみやげを買いました。曼荼羅(まんだら)Tシャツと、三鈷杵のキーホルダー。そのキーホルダーを見て、長男が言ったのはこう。

「これ、どうしたらいいの。おもちゃでもないし、本物のお守りでもないし、こんな中途半端なもの、どうしたらいいのかわからない」
「キーホルダーにすればいいじゃん」
「お母さんあのね、じゃあ、鳥居のキーホルダーもらったらどうするの」
「そーか、それは困るな」
「お寺で魂入れしてもらうことにする」
「1万円くらいかかるよ、自分で出すの?お母さんだったら、自分で魂入れするけど」
「じゃ、お母さんにあげる」

へっ?????ということで、三鈷杵のキーホルダーは私のものになってしまったのです。なんちゅーこっちゃ。私のだったのかい!?私が自分で三鈷杵など手に入れるはずがないから、こうやって手に入るように仕組まれたんだな。空海さんよお〜。でも、愛を感じます、ありがとう・・・。自分のものになるなら、ちょっと疑問があります。

「三鈷杵って何なの?」
「もとはインドの武具。両方に刃がついてて、それが長くて槍になってるんだけど、真言宗では、それをシンボルとして短くしてあるの。武具だから、強い意志の象徴で、いつも肌身離さず身につけることで、煩悩(ぼんのう)に打ち勝つ、強い意志を持てるようにってこと」
「道具がないとだめなのって嫌だね」
「お母さんだって、石を肌身離さずつけてるでしょ」
「別になくたって平気だけど」
「三鈷杵もなくたっていいけど、初心者には物があった方がいいでしょ」

三鈷杵のキーホルダーに祈祷をしたら、完全にお守りになってしまいます。お守りとしてそんなものを持ったら、どうなるか・・・

「お母さん、三鈷杵持ったら、これはいいとか言って、本物買うんじゃないの。お母さんすぐに、はまるから」

図星。それにたぶん、本当の目的はそれじゃないかなあ。空海さんは、私に三鈷杵を持たせたい!何てこと。また刃物だよ。

キース・ジャレット・トリオはいい演奏してました。前半は年齢を感じてしまいましたが、後半は良くなりました。3人とも60才以上ですからね。

私の目的はドラムのジャック・ディジョネットでした。スティックが皮に当たるソフトで細かい音が、優雅でした。演奏は美術のように華麗でした。こんなドラマーが一番好きなタイプかなあ。でも、もっと心臓を鷲づかみにしてほしかったかな、NSRみたいなぐいぐい感がないのです。これも、10年以上前だったら、違っていたのかなあ。

バスドラがストトロ、ストトロ、ストトロ・・・ほんとにバスドラだよね、うーん、どうやって叩いてるんだろう・・・。テクニックはすごかったです。

行きの電車でのことです。私は二人がけの座席の、扉側に座っていました。途中で乗ってきた男性が、座席の横のパイプに寄りかかり、半分座った感じになりました。私の顔に、その人のスーツのジャケットが当たります。

私は、すかさず「すいません、もうちょっと離れてもらえますか」と言いました。言ってしまってから、ちょっとどきどきしました。

最近、こういうことが少しずつ増えてきました。夜に外で遊んでいる高校生に「もう9時だから帰りなさい」と叱ってみたり、夜中に聞こえてくる話し声に「うるさいよ!」と注意したり。先日もイチャモンをつけてくるおじさんと、コンビニで論争しました。

バイクに乗るようになって、こうした面が、さらに強調されてきたかもしれません。




今日の日記が、何かしら心に残ったようでしたら、1クリックのご協力をいただけると幸いです。
精神世界ランキング


★4月13日「ししどの窟(いわや)」

椿ラインを車で走ってみたくてセリカで往復し、下り道で、いつもバイクがたむろしている休憩所のような場所に入りました。そこはヘアピンカーブの横にあり、バイクがフルバンクしてコーナリングする様子も見られます。

車を停めましたが、今日は平日だし、お天気が悪くてバイクはほとんど走ってなかったので、コーナリング見物はできませんでした。なーんだと周囲を見回すと、この近くに、源頼朝が伊豆で挙兵した際、石橋山の合戦に敗れて平家軍から身を隠した、ししどの窟があると書いてありました。歩いて20分。バイクで来ていたらライディングブーツですから歩くのがつらいんですが、今日は普通の靴なので、行ってみることにしました。毎週走りに来ている、ここがそんな場所だったとは。

道標に「ししどの窟まで四○○百米」と書いてあるのが、笑えます。

山の斜面を降りていくと、浅い洞窟があり、その真ん中に小さな滝が流れていました。滝の向こう側が、洞窟になっています。古くから修験の聖地だったそうで、観音の石像がたくさん並んでいました。33観音でしょうか。

ひざまずいた瞬間、雷が鳴りました。雷が鳴ったのは、その時だけでした。

祈っていると、少し話ができました。
「なぜ頼朝の味方をしてくれたのでしょう」
「どちらの味方をしたわけでもない。右へ流れれば、次は左へ流れる。流れが源氏に向いただけ」

祈り終えて観音、弁才天、不動明王と真言を唱えると、とても親しげな雰囲気になりました。そして両手にたくさんの桜の花びらをいただきました。(霊視)桜・・・今、春だからね。

山を登りはじめると、降りる時には気づかなかった、すみれが参道の両側に咲いているのに気づきました。私は、すみれが好きです。紫色だからかな。色の中で一番好きなのは、白と薄紫なんです。

登りきると、「桜郷」と書いてありました。桜郷という地名か通称のようです。だから桜だったのか・・・。

ここで頼朝は、7人の従者と共に5日間を過ごした・・・。ここへ案内したのは地元の豪族、土肥実平(どいさねひら)で、頼朝と共に千葉へ船で逃げる時、自宅が焼かれているのを見て、船の中で舞を舞った人。この人の所に行きたいと思っていました。伊豆半島の西側に土肥という場所があるので、そちらかと思っていたら、湯河原だったとは。

この洞窟で、梶原景時(かじわらかげとき)が、頼朝を発見したのに知らんふりをして逃がした・・・。景時は、ここで将来を頼朝に賭けた。

ここが運命の場所・・・。



今日の日記が、何かしら心に残ったようでしたら、1クリックのご協力をいただけると幸いです。
精神世界ランキング



4/10 真珠院の桜吹雪
★4月5日「浄化」

自分の浄化能力がかなり強くなっているということに気づいたのは、愛知県に引越しをしてからでした。アルバイト先で初めて話した女性が、数時間後に早退しました。初めて話した男の子が、1時間後に昼食で食べたものをもどしてしまいました。初対面の人は、こういうことが多くなりました。

名古屋で入った会社の部署は、課長、主任、男性社員Kさん、女性社員Yさん、派遣の私という構成で、私が入社すると4人がばたばたと休んだり体調を崩していました。

入社当時、少し不満があったのですが、KさんとYさんの明るいジョークのやりとりに気持ちが和まされ、続けていこうと思いました。Yさんは本当に優しく可愛い人で、彼女のぽっちゃり美人ぶりに憧れて、一生懸命に太ろうと努力したものでした。後から、彼女の母方先祖が源氏にゆかりということがわかりました。

私はここの会社に2年間いたので、その間に様々な浄化のドラマがありました。

まず、課長が仕事で失敗をして会社に大きな損益を出し、退職させられました。人のいい課長だったので、皆が同情しました。

それから、Yさんの白目が長いこと真っ赤でした。痛いの?と聞くと、にこにこして全然と答えてくれましたが、何かカルマが出ていたのかもしれません。Yさんは、私の影響でいろいろなことが起こっているということに気づいていたような気がしますが、直感的に、悪いことではないということもわかっていたかもしれません。

後から入ってきた派遣の女の子は、救急車で運ばれたり、友人が事故に遭ったり、体調の悪い日が続いたりと、入社してから急に苦しくなったと言っていました。彼女は足利系でした。私は彼女のことを本気で心配しましたから、彼女も喜んでくれました。

私の浄化に苦しむ人が、私を攻撃することはまずありません。相手は魂レベルで、浄化を受け入れ、乗り越えたいと思っているんでしょう。かえって私を好いてくれ、私に近づいてくるので、さらに浄化が強くなり、相手は苦しみます。それがわかっていても、やはり目の前で苦しまれると、私は「大丈夫?」と聞かずにいられなくなります。

Yさんと派遣の女の子は、半年くらいで状況が改善されていき、Yさんは結婚し、派遣の女の子は会社をやめて他でとてもいい会社とご縁ができ、健康も何もかも問題がなくなったと言っていました。その時に必要な浄化が終了したんですね。

男性社員のKさんは、ある時から精神が不安定になりました。会社で急にどなったり、就業時間中にいびきをかいて眠ったりが毎日のことになり、後から入ってきた派遣の女性達から非常に嫌われました。私はKさんについてもハラハラしながら見守っていましたが、ほとんど話すことはない人で、何も言ってあげられませんでした。

そしてついに、Kさんは会社から自主退職をするように言い渡され、辞めることになりました。Kさんが退職する頃には、部署は10人くらいに増えていて、最初のころのKさんの明るさ、楽しさを知らない人の方が多くなっていました。私はKさんに救われた思いで過ごしていたことがあったのに。

現実に何がKさんの心のバランスをくずす原因になったのかはわかりませんが、本当に残念でした。Kさんは、浄化のエネルギーに抵抗してしまったんだと思います。

Kさんが辞める日、花束を贈るためにKさんを見送ったのは、同じ部署の女性ではYさんと私の二人だけでした。私は「がんばってくださいね」としか言えませんでしたが、Kさんは涙ぐみながら「ありがとう」と言ってくれました。今、思い出しても悲しいです。Kさんはどうしているだろう。

アセンションというのは、浄化のエネルギーが日常的に満ちている状態になることだと思います。浄化すべきものを持っている人は、乗り越えずには済まされないでしょう。今までのように、汚れ物にフタをしたり、隠したりはできないんでしょう。あまりにも汚れすぎた人や、浄化を受け入れられない人は、浄化の光を灼熱の地獄と感じ、悪としか思えないかもしれません。それが末世とか、最後の審判などと呼ばれてきたのだと思います。

浄化に適応しないのも、その人の自由ですが、実際に目の前で人が苦しむ姿を見るのは悲しいものがあります。今まで、色んなことがありました。これから、もっともっと人の悲鳴を聴くことになる、それが私の役割になっている、その意味は何なのだろうと思ってしまいます。




今日の日記が、何かしら心に残ったようでしたら、1クリックのご協力をいただけると幸いです。
精神世界ランキング



3月28日 伊豆山神社
停めたところが頼朝・政子の腰かけ石前でした。
腰かけ石はバイクの後ろで見えません、ごめんなさい。
★3月28日「来宮(きのみや)神社・伊豆山(いずさん)神社」

箱根でのバイク遊びを短時間で済ませ、来宮神社へ参拝しました。参拝は、いつも通りのさわやかさでした。

近くのファミレスでお昼を食べて、さあ伊豆山神社にもついでに寄ろうと思ってお店を出ると、近辺の地図が目に入りました。おやおや、これは案内されてる?地図をよく見て、出発。近いんですが、道が入り組んでいてわかりにくいんです。

さっき頭に入れたはずなのに、やっぱり迷ってしまいました。伊豆山神社に行くのに、迷わずに行けたことってあっただろうか、こんなに何度も行ってるのにと、がっかりしながら走っていたら、迷ったと思ったのにその道はとてもいい道で、うまく着けました。

バイクを止めたけれど、まだスタンドもかけてないのに50才位の赤い顔をした男性が寄ってきて、教えてくれました。

「参拝に来たの?ここの神社にはね、ナギの木があるからね、そのナギの木は、片方が男で片方が女の木なの。その木のお守りが神社にあるから、女の人は男の木のお守りを持つといいんだよ。駐車場は上にもあるから、疲れてるんならバイクで上の駐車場に行くといいよ」

はいはい、そのお守りをいただきなさいってことね。ここにはもうよく来てるから、これからは上の駐車場に停めるといいっていうことね。そうしまーす。それで、鳥居のそばではなくて、本殿横の駐車場にバイクを停めました。

さっきの来宮神社ではなんとなく声を出さずに祈ったのに、ここでは自然にリラックスして声を出して祈りました。いい気持。

さて、下の鳥居の横で教わった、ナギの木のお守りをたずねてみました。それは、雌雄の木それぞれからとった、葉っぱを1枚ずつ紙にくるんだものでした。
「女の人はこれとか、決まってるんですか」
「ふたつ入ってます。縁結びのお守りです」
あー、なるほどね、縁結び。片方余るじゃん・・・でもまあいいや、これが必要なんでしょ。ということで、いただきました。

境内には、「頼朝・政子の腰かけ石」という立て札が立っていました。矢印の方向は、さっきバイクを停めた方向です。そんなのあったっけ?

駐車場へ行ってみると、それは、私が停めたバイクのすぐ後ろにありました。あはは、何これ!これがあるから、上に停めろって言われたんだね、ここに停めさせたかったの?縁結びのお守りといい、何か男女づいてる。

気持ちは来宮神社にひかれてきて、伊豆山神社はついでだったのに、本当の目的地は伊豆山神社の方だったみたい。いつも暖かく迎えてくださって、ほんとにありがとう。火の神様とは、どこでもいー感じなのです。



今日の日記が、何かしら心に残ったようでしたら、1クリックのご協力をいただけると幸いです。
精神世界ランキング


★3月23日「光と影」

浄化の波をかぶり春分がきて、光に満ち満ちて人生の最高地点を謳歌しはじめた人と、内面の問題やカルマが噴出してトラブルに苦しむ人とに、今、きれいに分かれはじめています。

人それぞれカルマの重さや内面の問題の程度が違い、タイミングも違って当然なのですが、内面もカルマ的にも問題が解決されている人は、これからの世の中は、楽しくて仕方がないのではないかと思います。浄化のエネルギーは、うれしいシャワーと感じるでしょう。

修行は終わった、遊び遊びの世の中の到来です。遊んでいればいいのですよ。でもその「遊び」は、クリアできていない人が想像する遊びとは少し違っています。

そうでない人は、浄化によってトラブルが発生し、まだ苦しみが続くのでしょう。又は、これから起こってくるのかもしれません。そのような人も、浄化のエネルギーを拒むことなく、すべての問題がクリアできれば、順々に、幸せ組の仲間入りをしていくことになると思います。




今日の日記が、何かしら心に残ったようでしたら、1クリックのご協力をいただけると幸いです。
精神世界ランキング


★3月18日「準備完了」

最近、大変いい気分です。神社仏閣へ行かなければという気持ちが減ってきていて、これから起こってくることへの準備が完成した感じがします。ずっと以前のことを思い返してみると、今が、人生上で最高に充実して平安を感じています。

周囲に異性がいないというのも、大きなポイントのようです。自分が完全に自分でいられますからね。その時は、必要があって一緒にいるんですが。前にも、離婚から再婚までの間が、大変充実していました。子供は自分の部分のような存在ですから、あまり関係がありません。

準備を整えること、それが私の大きな仕事のひとつだったんだなと思います。




今日の日記が、何かしら心に残ったようでしたら、1クリックのご協力をいただけると幸いです。
精神世界ランキング


★3月7日「浄妙寺・報国寺」

お釈迦様に会いたくなって、鎌倉の浄妙寺に参拝しました。足利義兼(あしかがよしかね。源義家のひ孫)創建で、境内に足利尊氏の父・貞氏と弟・直義の墓があります。ご本尊は釈迦如来。臨済宗。

祈っていると、波動がうまく合ってきました。今日は、うつ病について、援助を受けたくて来ました。
「人間にはいろいろなことがあるものよ」
情け深い気持ちが伝わってきて、涙腺がゆるんできました。

「どうしたらいいのでしょう」
「あなたはなぜ、それに関わるのですか」
「そのような人たちが、私のところへやってくるからです」
涙があふれてきます。参拝や供養の時に泣いているのは自分ではなく、相手です。お釈迦様が、こちらの気持ちに感動して泣いているのです。(供養の場合は、こうならなければ、相手に通じていません)

「そのような人たちを、切り捨てようとは思わないのですか」
「はじめは、そうするしかないかと思いましたが、ほとんどの方が、大なり小なり心に問題を持っています。うつ病はひとりひとりの天照大神の病気です。これが、岩戸を開くための鍵のはずなんです」
涙がほほを伝いました。

今日は、本当は何かヒントをいただきたかったんですが、呼びかけに応えてくださっただけで終わりました。これから、何度も来ようと思います。

祈り終わると、50代位の男性に「バイクに乗ってるの」と話しかけられました。
「はい」
「その服、風通さないの、ズボンもいいねえ、さっきヤマハのバイク見たけど、それ?1300ccとか乗ってるの」と矢継ぎ早。
私は泣いたので、鼻をかんだり涙をふいたりしてるのに〜、も〜。私の愛想があまり良くなかったせいか、すぐにあちらへ行ってしまいました。ほっ。

報国寺は、浄妙寺からちょっと離れたお向いさんです。ここも足利系のお寺で、尊氏の祖父・家時が開基です。ご本尊は釈迦如来。臨済宗。
先ほどの参拝を受けてか、明るくにこやかに迎えていただけました。

今回はじめて拝観料を払って庭へ入りましたら、鎌倉ではめずらしい大変清まった場所だったので、驚きました。立派な孟宗竹の林なんですが、人の手によって美しく保たれている感じが、お寺独特の清らかさをかもし出しています。ずっとここにいたい・・・。来る人来る人「わあ、すごい」と言って歩いていました。鎌倉のおすすめスポットだなと思いました。

浄妙寺でも報国寺でも、抹茶が500円でいただけます。今日はゆっくりできませんでしたが、時間のある時に、両方共いただこうと思います。




今日の日記が、何かしら心に残ったようでしたら、1クリックのご協力をいただけると幸いです。
精神世界ランキング


★2月29日「作曲家Nさん」

マンドリンの演奏を聴いてきました。マンドリンをちゃんと聴くのは初めて。高校時代、バンドを組んでいた人がマンドリンを弾いたので、その演奏にあわせて歌ったのが最後です。

演奏が始まると、毎度のことですが、生楽器はいい音だなあと思います。定期的に何か聴いて、耳を清めておかないとね。マンドリンって、南国的で明るくて、のんびりした音色なんですねえ。暗い気持ちの時でも、ほっとしてしまいそう。それに、指揮がそうなんでしょうが、ゆったりとしたテンポの刻み方で、ワルツのような優雅さでした。マンドリンってシャープには演奏しにくいっていうことなのかな。

今日の目的は演奏ではなく、曲でした。最後に演奏される曲の作曲者が、昔の知り合いなのです。古い知り合いなのに、私は一度も生の演奏を聴いたことがありませんでした。今回やっと、演奏会の情報を過ぎてしまう前に知ることができたので、チケットを手に入れられたんです。

プログラムが進むごとに、だんだんと曲が良くなっていきます。私は気質的に、演奏家よりも作曲家寄りな性格なので、演奏よりも曲の方に耳が集中します。1曲1曲、彫刻が深く彫り込まれるように曲想が鮮やかになっていきます。

初めて聴いたNさんの曲は、くっきりとした輪郭を持ち、自然で華やかで余裕があり、コンサートの最後を飾るにふさわしいものでした。しかもその自由な表現のしかたは、かなり私の好きなタイプでした。バリバリカリカリの現代曲ではなく、ちょいお手柔らかな感じ。このごろのクラシック音楽は、こんな感じになってきてるんでしょうか?

曲は土、水、火、風の四大元素をイメージしたもので、私には慣れ親しんだ、理解のたやすい世界でした。ああーー、すごいーー、ひーえーー、こんな人だったのか〜と、今さらながら感心しまくりました。確かに、プロフィールには色んな賞歴が書いてあります。

20代の初めごろ、ふたりで時々、スピリチュアルなお話をしました。私は、Nさんが私からインスピレーションを得たいと思っているのだろうとよくわかっていましたが、私にはそのころまだ「神」という言葉を、堂々と口にすることができませんでした。のどまで出かかっているのに抑え込む。だって、まだ実際に何も体験していなかったから。10年以上たち、あれが今の自分だったらもっと役に立てたのにと、何度も何度もくり返し思い出しました。

以前、インターネットでNさんの曲を調べてみたら、「神」という言葉を使ったタイトルがちゃんとありました。今でもやはり、スピリチュアルな方面はお好きなようで。

今日は会えると思っていました。もう決めていて、疑いがありませんでした。だから、本当に会えるんだなあと思っていました。

アンコールで作曲者がひとりずつ紹介され、最後にNさんも客席からステージに上がりました。そしてコンサート終了後、1〜2分だけ話しました。17〜18年ぶりでした。この人は何て年をとらない人かとびっくりしました。若い!ひとまわり年上だけど、あまり違わないようにに見えるぞ!えーん。

今日は、ラリマーのブレスレットをつけました。ラリマーを選びながら、Nさん、アセンションに向かってるんだなと思いました。実際に会ってみて、やはりラリマーがぴったりの雰囲気だったので、きっとそうなのだろうなあと思います。




今日の日記が、何かしら心に残ったようでしたら、1クリックのご協力をいただけると幸いです。
精神世界ランキング


★2月20日「十束の剣(とつかのつるぎ)」

十束の剣が体に納まってから、新しい男神の守護を感じます。理知的で大変バランスよく導いてくれます。草薙の剣で熱く熱狂的になっていたのを、涼しく冷やしてくれる感じで、とても気持ちがいいんです。

私の病気はがんばりすぎるのが原因ですから、これできれいに治っていくでしょう。まさに必要な時に必要なものがやってきました。

今までは感覚のままに動いていたのを、日常生活のすみずみで、自分を理性でコントロールしようとするようになりました。それで、気力体力が日に日に充実してきているのがわかります。

何かを得るためには失うものもあるのは仕方のないことでした。低い波動を手に入れるために犠牲にしてきたものを、取り戻しつつあります。




今日の日記が、何かしら心に残ったようでしたら、1クリックのご協力をいただけると幸いです。
精神世界ランキング


★2月19日「源義家(みなもとのよしいえ)」

京都へはよく通いましたが、私は京都市内の2ヶ所の神社を、鎮守の神社のように慕っていました。京都から出る時、南インターから帰る時には、東寺の裏にある六孫王神社(ろくそんのうじんじゃ)へ、よく寄ってから帰りました。東インターから帰る時には五条坂の若宮八幡宮でした。この2ヶ所は、京都で最も安心できる「親戚の家」のような存在でした。

六孫王神社に祀られているのは源氏の初代、源経基(みなもとのつねもと。平将門と同時代の人)で、境内は初期の源氏の邸宅でした。ここへ参拝した時、子供の自分が境内の建物の中を歩いていたという記憶がよみがえりました。隣で祈っていた先輩が、参拝後「さっき、あなたが子供の姿でそこにいるのが霊視で見えた」とも言いました。

若宮八幡宮には、足利尊氏が奉納した石があります。私がここを気に入っていたのは、そのせいだと、ずっとおとといまで思っていました。

おととい、出雲伊波比神社で義家が出てきたので少し調べていたら、若宮八幡宮は、元は六条の源氏の邸宅の中にあったことがわかりました。移動した若宮八幡宮を、元の場所では再建してあり、源義家の生誕地と書いてあるそうです。六孫王神社と若宮八幡宮は、どちらも源氏累代の邸宅だったのでした。若宮八幡宮があれほど心地よかった理由が、これで納得できました。


今日、カーラジオで、6年前の2月のチャートNo.1だと言って、ELTの曲がかかっていました。曲名は忘れましたが、その曲は京都を回っていた時にラジオでよく流れていた曲で、私にとっては、京都のイメージと重なる曲でした。1年程、毎週京都に出かけていたのは、6年前のことになるんですね・・・。

義家も義朝も、源氏の棟梁で武道に秀でていたようです。私がバイク、それも過激なタイプのバイクに乗るのは、私の血や前世に関係のある武士達の想いを受けてのことだろうし、これも供養のうちだと思っています。車もそうですが、バイクはもっと騎馬のイメージに近く、私は走り屋さんです。

バイクに乗るようになってから、武士達への感覚が変わりました。武士達は武道を楽しんでいたんだなということ、戦いに対する感覚や価値感が今の人たちとは全然違っていて、武士道的な考え方が徹底していたことなどを、実感としてじわじわと感じ、理解するようになりました。

そして、私は過去の歴史上の戦いをぐっと肯定的に感じ、戦った人々を以前よりももっと讃える気持ちになっています。命がけのお芝居として。これが、合戦のカルマの浄化のひとつの形だと思います。

免許取得直前、バイクなんかと思った時に、ご縁のある武士たちが応援してくれたのは、自分達のことをもっと理解して欲しかったからだったんだなと思いますし、神仏もそのように導いてくれたんでしょう。



今日の日記が、何かしら心に残ったようでしたら、1クリックのご協力をいただけると幸いです。
精神世界ランキング


★2月14日「奥氷川神社(奥多摩駅のすぐそば)、聖天宮、出雲伊波比神社(いずもいわいじんじゃ。埼玉県入間郡毛呂山町)」

友人のHさんと、参拝してきました。それぞれ車で、2台で移動し、Hさん持参のトランシーバーで道中の連絡をとりながらでした。

土日のどちらに行くかで迷っていましたが、Hさんに任せると、背後の方たちが土曜日に行けと言っているそうで、土曜日にしました。すると、日曜は青梅マラソンだったので、土曜のうちに行っていて正解でした。

奥氷川神社のご祭神は須佐之男命。出雲からやってきた出雲族がまずここに住みつき、徐々に平野へ移動して、大宮の氷川神社が建てられました。

境内はさわやかで、おっとり温かに迎えられました。エネルギーを入れられて、体が回転していました。大宮の氷川神社はどこか厳しさが残りますが、ここはそんな気配はありません。

奥氷川神社から出雲族が次に移動したのは埼玉県所沢の中氷川神社なのですが、地図で見てみると、ここは鎌倉攻めの大きな戦いがあった場所でした。その近くで、私は15年以上前に、事故に遭いそうになっています。氷川神社の反応がどこか厳しいのは、これが理由だったのだとわかりました。

次に聖天宮へ移動。平成7年に建立された、道教の寺院です。あまりのきらびやかさ、感覚の違いにびっくり。ご祭神というかご本尊は、三清道祖(さんせいどうそ)だそうです。

祈ってみると、にこにこと優しく迎えられました。
「私は中国は苦手だと思っていたんですが」
「そんなことはありません」
「中国と関わったことがあるんですか」
「そうです」

閻魔大王さんが道教の神様なので、何か似ているといえば似ている感じもするし・・・、何も警戒する必要のない感じで、道教にはご縁がありそうでした。

最後に出雲伊波比神社へ。ここはHさんがずっと気になっていて、来たことがなかったということで。私も初めてでした。ご祭神は大己貴命。

祈っていると眉間にエネルギーを入れられました。手が、何か形作っていましたが、何なのかはよくわかりませんでした。

境内には流鏑馬(やぶさめ)に使うコースがあり、土がふかふかで、何故かとても気に入りました。鶴岡八幡宮よりも、浅間神社よりも、ここが一番いいと思いました。

後でわかったのですが、この神社で流鏑馬を奉納したのは源義家(みなもとのよしいえ。頼朝の4代先祖)で、それ以来流鏑馬が続いているのだそうです。何かと義家関連の場所では、気持ちよく迎えられます。それに、とても懐かしい感じがします。




今日の日記が、何かしら心に残ったようでしたら、1クリックのご協力をいただけると幸いです。
精神世界ランキング


★2月1日「剣のこと」

石上神宮には剣は2本あったのでした。布都御魂剣と布津斬魂剣(ふつしみたまのつるぎ)で、布都御魂剣は武甕槌命(たけみかづちのみこと)が使った剣で、高倉下命が神武天皇に奉じた剣。布津斬魂剣は須佐之男命が使った剣。混同していました。どっちなのかわからなくなって須佐之男命に聞いてみたら、布都御魂剣(十束の剣の方でした。

石上神宮のご祭神は、
布都御魂大神(布都御魂剣
布留御魂大神(十種神宝・とくさのかんたから布津斬大神(布津斬魂剣)の3柱なんですが、そのうち十種神宝は、初めて参拝した折にいただきました。だから、私にとって「ひと、ふた、み、よ・・・」の数霊が、大変効果的なのだと思います。今回は二つ目。いや、前に七支刀(しちしとう・ななつさやのたち)も確かいただきました・・・あはは。ここではいただきまくり・・・。

熊野・名古屋から帰ってきてから、体調が大変良いのです。とにかく、夜さっとぐっすり眠り、すっと起きられるようになりました。眠りが浅くなったのは、秋ごろ、草薙の剣を奉納してからだったかも。急に快適になりました。剣が体に納まったからなんでしょうね。



今日の日記が、何かしら心に残ったようでしたら、1クリックのご協力をいただけると幸いです。
精神世界ランキング


★1月25日「津島神社、野間大坊大御堂寺(のまだいぼうおおみどうじ)」

名古屋で参拝するのは、この2ヶ所と決めていました。津島神社は、栃木県から愛知県へ引越してきて、須佐之男命との関わりが途絶えたことで、かなり頼りにしていた時期がありました。けれど、ここは織田家の氏神であり、良い時もあれば良くない時もあるといった、少し不安定な関係でした。

津島神社のご祭神は須佐之男命。本殿では、ごく普通の感覚でした。どうしてここへ来たかったのか、わからなくなりました。

それから荒魂社へ移動して祈ると、ここで手が動き、どういう動きだったか忘れましたが、刀をいただきました。鞘にきらびやかな模様が施された、立派な刀でした。
「明日、義朝のところへ行くのなら、これを持って行きなさい」というような波動が伝わってきました。
なんでこう、剣とか刀とかなんだろう・・・。

この日の夜は、タワーズ13階の山本屋総本店で味噌煮込みうどんを食べました。ううー、おいしー!!最高!一生忘れられない味、間違いない。

次の日、野間大坊大御堂寺へ。ここで源義朝(みなもとのよしとも。頼朝と義経の父。私の父方先祖かも?)が、家臣に裏切られて殺されました。入浴中に襲われたので、「我に小太刀の1本でもあればむざむざ討たれはせん」と言ったことから、墓所にはたくさんの小刀に似せた木片が供えられています。その木片には、願い事が書かれているんですが・・・。

義朝のお墓と、最後まで一緒だった家臣、鎌田政家の墓と、死刑にさせられるはずの頼朝を、清盛に命乞いして助けた、池禅尼(いけのぜんに。私の母方先祖)の供養塔にお線香を立て、読経しました。

きのう津島神社でいただいた刀を手渡そうとしましたが、受け取ってくれません。数回トライしましたがだめだったので、床に置くことにしました。よく時代劇で物は床に置いて、すすめるというのを見ますが、あれだなと思いつつ。ところがそれでも受け取ってもらえません。困った、どうなってるんだ?と不思議に思っていると、なんと自分が突然その刀を取り、凄い速さで鞘から抜いて、義朝の墓所の中心の地面へドカッと突き立てました。

・・・・・・・。何か、切ろうとしたのかな・・・義朝へ向けられる皆の現世利益の想いが、義朝に重くのしかからないように・・・?

ここのお寺には、池禅尼が頼朝に与えた地蔵菩薩が祀られています。境内には頼朝が寄進した門が残っています。

義朝・・・鎌倉へ帰りたかっただろうか・・・何か持ってきてあげれば良かったかな・・・私が湘南へ帰って来ていれば、それでいいのかな。



今日の日記が、何かしら心に残ったようでしたら、1クリックのご協力をいただけると幸いです。
精神世界ランキング



花の窟神社
★1月24日「熊野本宮大社、潮岬神社、花の窟(はなのいわや)神社、産田(うぶた)神社」

久しぶりに熊野へ出かけたくなりました。けれど、参拝したい場所は4ヶ所だけ。
本宮大社へ着くと、暖かかったので、上着はなしで参拝しました。すると子供に「あれはいかんねえ!」と言われて、たじたじ。

本殿は4つありまして、3つ目が須佐之男命。3つ目だけにして後は省略してしまおうかと思いましたが、せっかく来たので、軽くお参りすることにしました。それでお賽銭も入れずに第一殿(伊邪那美命)で参拝を始めると・・・おやおや、手がすすっと動いて、下腹部あたりで下向きに矢印を作って止まりました。あ・・・これは剣だ、剣の切っ先だ。何、ここで石上神宮でいただいた剣をどうにかしてくれるの?いや、私は須佐之男命のエネルギーを集めに来たつもりだったんだけど・・・。

第二殿(伊邪那美命)ではお賽銭を入れ、リュックも下ろして祈りました。すると、胃の前あたりで両手をタテに平行にして止まります。これは、剣の中ほど。

第三殿は須佐之男命。首の前で、両手で剣の柄を持ち、それを体の中へ重ね入れました。ああ、やっぱり体に入れるんだ・・・。ここで何やら話しましたが、また忘れているのです・・・。

第四殿は天照大神。今度は、透明な丸い玉を受け取りました。その玉を胸に納めるように言われ、剣と同じように体の中へ入れました。剣を納めてくれるのは熊野本宮だった、そのために来たんですね。天照さんの玉のおまけもつきました。

この日はもう、他へ忙しく参拝する気はありませんでした。これ以上神の気を受けると、しんどくてたまりませんから。それで、大斎原にだけ参拝してから、神社の隣のお店でめはりずしを食べ、ゆっくりしました。めはりずしって、おすしじゃないじゃーん!高菜を巻いたおにぎりなんですね。

その後、母方先祖の氏神、潮岬神社へ向かいました。苦しかった時に、ご祭神が助けてくれたことがありました。だから、参拝するのです。ご祭神は少彦名命。

初めて参拝したのは7〜8年前のお正月。冬だというのに、20センチほどの蛇が、参道で迎えてくれました。今回は3度目の参拝になります。
やっぱり暖かい・・・。優しい雰囲気でした。

夜は熊野市駅近くで泊まり、翌日、花の窟(はなのいわや)神社へ。なぜか魅かれる、好きな場所です。ご祭神は伊邪那美命。ここは伊邪那美命の墓と言われています。

祈っていると、この場所は昔、道祖神として信仰されていたと伝わってきました。そう言えば、ここは熊野の東の入り口です。鳥居の前では、2月に行われる縄かけ神事の縄を、大勢の人がなっていました。

神社を出て、すぐ前の海岸へ出てみました。以前に来た時はここの海で、アジかサバが跳ねていました。大きくてつるつるした石がたくさんあり、さっき神社に敷き詰められていたのと同じ、白くてきれいな石を見つけたので、欲しくなって、3個持って帰りました。今、目の前に置いてあります。私と子供達ふたりで3個なのかなと思っていましたが、熊野三山ですね、今気づきました。一番大きなのが須佐之男さん、あとふたつの小さいのがイザナミさんとイザナギさん。大好き。いつもいつも思い出したい・・・。

それから、伊邪那美命が火迦具土命(ほのかぐつちのみこと)を産んだ場所だという、産田(うぶた)神社へ。そこで伊邪那美命は命を落とし、花の窟へ埋葬されたのだとか。参拝の反応はいまいち。なぜなのかなあ、カグツチさん、超相性がいいはずなのに、ここでは歓迎されたことがありません。

電車の時刻まで余裕があったので、お寿司屋さんへ入ってさんま寿司を注文。さんまを干したのを1尾丸ごと使った、ばってらに似たお寿司でした。




今日の日記が、何かしら心に残ったようでしたら、1クリックのご協力をいただけると幸いです。
精神世界ランキング


★1月10日〜11日「江ノ島神社、加波山神社本宮、健田須賀神社、称名寺、小山須賀神社、元須賀神社、天扇院」

10日に、江ノ島神社へ参拝しました。まだ初詣の人が多くて、普段の土日よりも混んでいました。中津宮(市杵島姫命=弁才天)で、蓮のつぼみをいただきました。これは、ずうっと前にも、ここでいただいたことがあったなあ。どういう意味なのだろ。蓮のつぼみをいただく仏教的な意味は、長男によると「これから悟りをひらくという予言を与えられた」ということらしいけど、単純に、これから何かが咲くということかも。

11日は加波山神社へ。ご祭神は国常立命(くにとこたちのみこと)。神社へ向かいながら、私が加波山神社へたびたび参拝するのは、関東の鬼門(北東。神の気が入ってくる方角。清浄にしていないと祟りがあるとして恐れられます)だからなんだなと、今日気がつきました。国常立命は鬼門の神です。

今回は山へは登らず、里宮に参拝したくなりました。祈っていると、天狗のうちわの絵に目がとまりました。国常(くにとこ)さんって、天狗と関係が深いのかなあ・・・国常さんのいるとこ、天狗さんがよくいるなあ・・・天狗は修験・・・。すると、こう聞こえてきました。

「修験は山の神を信仰する。山の神とは誰か、山の神とは。この日本列島は国常の肉体である。日本の山々は国常のうろこである。」

修験で信仰してるのは国常さんなの!?山岳信仰って、国常さん信仰のことなの!?そう言えば、吉野の蔵王権現って、国常さんだって誰かが言ってた。天狗さんは国常さんのご眷属なの!?

そう考えると、いろいろなことがふに落ちます。今まで、修験の山ではどこでも暖かく迎えられたのは・・・いつも国常さんのことが好きなのは、同じ理由でだったの?

そして、空中からダイヤモンドがぱらぱらと、霊視で落ちてきました。おお〜、こんなにいっぱい!霊視はいいねえ〜、あはは!ダイヤモンドじゃなくて、ハーキマーダイヤモンドかな?なあに、これ?とてもいい感じ!よくできましたっていうごほうび?それとも、もうダイヤモンドも持って使えるよという意味でしょうか。

お札をいただくつもりできましたが、お札は霊視しなかったし、なんだか欲しくなくなってしまったので、いただきませんでした。お守りをいただくところもお宅の中のようだったので、入りませんでした。ダイヤモンドはないでしょうし!

さてお昼過ぎ、加波山神社しか考えていなかったので、時間があまりました。鹿島さんにでも行こうかな・・・いや、それよりもむくむくと気になってきたのは、西の方でした。

茨城県結城の健田須賀神社(たけだすがじんじゃ)は、結城合戦の供養をしていた時に、たびたび参拝していましたが、今回は9年ぶりに訪れました。ご祭神は、武渟川別命(たけぬなかわわけのみこと)と須佐之男命。結城家初代、結城朝光(ゆうきともみつ。源頼朝のお気に入りで、頼朝が自分の名前の一文字を与えた)が尾張津島神社から勧請。
祈ると、短く「また来るように」と伝えられました。

自転車ではしょっ中来ていましたが、車で来た回数は少なく、地理がかなりわからなくなっていました。こうしてあらためて来てみると、昔ながらの古い街のたたずまいが、趣のある土地でした。観光客用の説明書きが、以前よりも増えていました。

次に称名寺の結城朝光の墓。ここへ初めて参拝した時は、自分が源氏に関係があるらしいということも、何も知りませんでしたが、あまりに涙が流れて不思議な思いをしました。ひざまずくと、すっと温かな雰囲気になりましたが、それからはただ静かでした。

小山須賀神社は、私が初めて須佐之男命とのご縁をいただいた神社です。9年前に小山から引越して以来、数回来ましたが、以前のような熱烈歓迎を受けることは全くなくなりました。今回も、ただただ静かです。ここで何度も何度も号泣したこと、あんなに熱く須佐之男命を想い慕ったことが、今ではうそのようです。

けれど一瞬霊視で、剣が木箱の中に投げ込まれるのが見え、カシャンと霊聴が聞こえました。剣をくれたんだ・・・。

それから、元須賀神社へ。元須賀神社は小山祇園城の守護神でした。祈っていると白い布に包まれた剣を差し出されました。さっきの投げられた剣といい、何か義理で仕方なく・・・という雰囲気がします。

私はいったい何をやっているんだ?今まで特にお世話になった、あるいは祈ってきた須佐之男命関係の神社を回って、剣のエネルギーを集めてでもいるよう。

これは、昨日インターネットで見た四国の剣神社のせいかも。私の中ではずっと、四国=剣山のイメージがあり、昨日はじめてネットで検索してみました。すると、猛烈に魅かれてしまい、昨夜何度も剣神社の夢を見て、目が覚めました。何がなんでも、行かねばならない!と思うのですが、その準備みたいなことを始めているような気がします。

最後に、天扇院の小山一族の墓。ここも9年ぶり、2度目です。儀礼的な感じでした。

帰りのサービスエリアで、めずらしく甘いものを食べたくなって買いました。急に、何も持たずにお墓参りをしたので、甘いものを欲しがっている霊がいるんでしょう。お供えが足りないと、自分で食べなくてはいけなくなります。少しでも何かお菓子を買ってお供えしておけば良かったです。

それにしても、小山結城は寒かった。合わせた手が痛くて、ただ祈っただけなのにしばらくしびれました。近所の鎮守に帰ってきたら、いつもながらとても暖かかった!

今日は、お昼は抜きでした。休憩は少ない、お昼は食べない、ハイペース、それでもそれが自分のペースだからその方がうんと疲れない。ひとりで参拝すると、こんな自由が本当にうれしいんです。



今日の日記が、何かしら心に残ったようでしたら、1クリックのご協力をいただけると幸いです。
精神世界ランキング



2003.12.31〜2004.1.1 高野山
★12月31日〜1月1日「高野山」

高野山へ行くのは、初めてでした。真言宗が嫌いだったからです。力や支配への憧れから真言密教を好む男性が多いので、大変印象が悪かったのです。

空海さんへの印象も、今では良くなりましたが、ある会員の方が祈ららの祈りを進めて行くことを邪魔していたのが、次元違いとはいえ空海さんでしたから、その記憶を、もっときれいにしておきたい気持になっていました。

31日は朝9時に出発、高速は混んでいましたが、止まることはありませんでした。ペースが遅いので、眠くてたまりません。名古屋あたりから雨になりましたが、暖かかったので、雪にはなりませんでした。

インターを降りて山に入ると霧になり、だんだんと前が見えなくなってきました。道路の真ん中の反射板を頼りにとろとろと登り、少し開けたところで「もうやだ〜」と止まると、「お母さん、ここがそうだよ。これが超有名な門だ」と長男。高野山の入り口、大門のまん前に止まったのでした。夜の7時、大門はライトアップされてきれいでした。ああ、しっかりお出迎えしてもらえるとは・・・。

宿坊(お寺の中の宿泊施設。旅館のようになってます)に入ってしばらくすると、妙に快適なのに気づきました。体が自宅にいるようにリラックスしているのがわかります。特にきれいな部屋ではなく、入ったときには少しかび臭かったくらいなんですが、部屋のせいではなくて、高野山という場所のエネルギーが原因のようでした。

「何か、すごい調子いいよ」と私。
「それは、高野山だから」と長男。
「ここにはマナがある。村の長老にマナがいっぱいあると、村は平和なんだけど、長老のマナが減ってくると村に問題が起きる。だからマナの強い長老に変えて、村を平和にするの。それがマナ。高野山にはマナがいっぱいあるんだ」

とにかく絶好腸でありまして・・・その量にびっくりしました・・・。体から出るものは、ぜーんぶ、浄化です。大体、私はちょっと神経質なため、出先で大きな用を足すということ自体、あまりないことなんです。

夜11時半から、大伽藍(だいがらん)へ向かいます。そこは金堂(こんどう。本堂のこと)、大塔(だいとう)などの建物が並ぶ、高野山の根本道場となっていて、除夜の鐘もそこでつかれます。私は、高野山中の50余りの寺院のそれぞれで鐘をつくのかと思っていまして、子供達と、うるさいだろうなあと話していたのでしたが、違いました。(笑)

大伽藍は数ヶ所でライトアップされていて、テレビカメラも数台入っていました。ライトの中に粉雪が浮かび上がり、幻想的でした。あちこちの宿坊に泊まっている人たちが1000人くらいでしょうか、集まってきていました。不動真言の中で、鐘がつかれます。頭を丸めた外国人の方が多くいらっしゃって、真言も唱和していました。

大塔の中では数10名の僧侶の方の修法が行われていて、その唱和の声と、不動真言の声、鐘の音の3つの音が、心地よく耳に響きます。

そこで「冬至ばか」の続いている私は、除夜の鐘は新年と共に終了するのだ、と何故か思い込みました。それでそれまでの時間、何か気になる、あちらのお堂にお参りして、時間をつぶそうと考えました。

そこは、地味ながらもライトアップされて温かみのある波動を放つ、魅力的な建物でした。「御影(みえい)堂」という名前からすると、祀られているのは空海さんかも。

祈り始めると「よーう、きなさった」と、にこにこ喜んでくださっているのがわかりました。優しい・・・暖かい・・・気持いい・・・空海さんだ。人がいても、ここでは声を殺す必要はないと感じ、大声ではありませんが、小さく快適に読経しました。高野山内では、どこでもそのように祈ることができました。後から、本当に空海さんが祀られているということがわかりました。

祈りが終わって、鐘の場所にもどって携帯の時計を見ると、0時9分、もうとっくに新年を過ぎていました。ということは、私は空海さんに初詣したのでした。知らなかったのに、ありがとう・・・。

元旦は晴れて、午前中に高野山内を回りました。もう一度大伽藍へ訪れ、大塔の中へ入って祈りました。ご本尊は大日如来。塔内では、沈香(じんこう)が焚かれていました。金の鎖に、金の筒型がついたものをいただきました。これが何かはよくわかりません。
「あなたが今、一番困っていることは何ですか」
「うつ病の方が多いことです」
「それでは、そのために使ってください」
その時「ふるべゆらゆら」という言葉を思い出しました。振って使うんだな。

仏像の裏へ回ると、良い香りの沈香はお線香ではなかったようで、焼香が置いてありました。お線香よりも焼香の方が、香りが鮮やかです。良い香りが堂内に広がるように、私もお焼香しました。

後からお守り等を探してみましたが・・・いただいたものは見つかりませんでした。珍しいことです。どこで手に入るのでしょう、ただ霊的にいただいていればそれでいいのでしょうか。

金堂は高野山の総本堂で、ご本尊は薬師如来。ここは、何ともありませんでした。昨夜も関心を惹かれなかったので参拝すらしなかったし、高野山に全然問題がないわけでもなさそうです。

真言宗総本山金剛峰寺(こんごうぶじ)でも、ぴんとくるものはなし。

奥の院には、空海さんの御廟(ごびょう、お墓)があり、空海さんの遺体の上に建物を建てたそうです。そこへたどり着く前には、広い墓地を通らなくてはいけません。歴史上の有名人達のお墓もあちこちにあり、観光地化しています。私は加波山神社のお守りを出して、鈴を鳴らしながら歩きました。持っている根付全部を出してみたら、音が大きすぎて、1つで充分でした。(汗)

途中、お墓の中ほどではあま酒をふるまっていただきました。

奥の院で祈りはじめると、声が聞こえてきました。
「この祈りを作ったのは私ですから、あなたがこの祈りを続ける限り、私はあなたと共にいます。あなたの苦しみや苦労を見てきました。私にはすべての責任がありますから、あなたも他の人も、見守り続けます」

前田先生(祈ららの祈りの創始者)には空海さんの分霊が入っていたことを思い出しました。今、私の節目の大きなことは須佐之男命、小さなことと宇宙や自然の知識は弁才天、祈りや人の導き方については空海さんと、役割分担がはっきりしていることを考えると、前田先生の中で「祈りをつくる」という作業を受け持っていたのは空海さんと考えるのが自然だなと思いました。

奥の院を出ると、裏の御廟のすぐ前にも回れることがわかりました。そこで祈り始めると、日が射してきました。そして「私の墓にも祈ってくれるのですか」と、空海さん。思わずにやけてしまいました。お墓の中じゃなくて、ここにいるよ!

奥の院の地下にも入れることがわかり、入っていくと、人々の現世利益の気持が渦巻いていて、がくんと疲れました。

それにしても、空海さんを慕う人の想い・・・なぜこれほどに・・・私は未だに空海さんのことがよくわかっていません。

墓地を出ると、また高野山のよく清まったエネルギーにさらされ、すぐに楽になっていきました。

高野山から降りながら、真田庵に寄ろうかどうか、考えていました。里まで降りてみると道を間違っていて、真田庵のすぐそばにいることに気づき、参拝することにしました。真田家は、私の父方先祖の在所の領主です。真田家三代を祀った社は、親切で暖かな感じがしました。

慈尊院は、空海さんのお母さんが住んだところ。特に反応はありませんでした。

帰りは高速道路が空いていたので、8時間で帰ることができました。行きは10時間。私は7時間位のつもりでいたんですが、遠かったです。




今日の日記が、何かしら心に残ったようでしたら、1クリックのご協力をいただけると幸いです。
精神世界ランキング



2003.12.21 伊勢神宮内宮の日の出

2000年の日記へ 2001年の日記へ 2002年の日記へ 2003年の日記へ
2005年の日記へ 2006年の日記へ 2007年〜の日記へ